五輪組織委の週刊文春への掲載誌回収要求はいきすぎだ 大手メディアも「人ごとではない」との危機感の共有を 公共的な団体が「表現の自由を脅かす」とは

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  7月23日の開会式を直前に控えて東京五輪・パラリンピック組織委員会のガバナンスは一体、どうなっているのか—。森喜朗前会長の「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」との女性蔑視発言に始まり、森氏辞任に伴う“密室人事“、開閉会式の演出・企画統括役のクリエーティブディレクターの佐々木宏氏による女性タレント渡辺直美氏の容姿を侮辱するトラブルでの辞任。そして、今回の橋本聖子新会長が就任して1か月半余りで起きた組織委による〃文春砲〃への圧力ともとれる掲載誌の回収要求・・・。相次ぐ不祥事の後に起きた強権的な組織委のありように、もういい加減にしてほしい、というのが正直なところである。そもそも貴重な情報が外部に流失した責任は組織委にある。

先にすべきは、自らの不祥事や疑惑の解明

 文春オンラインや週刊文春の五輪の開会式演出案をめぐる報道で、組織委員会が文藝春秋に抗議し、掲載誌の回収とオンラインの記事削除を求めると、当然ながら、文春側は「開会式の内情を報道することには高い公共性、公益性がある」と強く反論、組織委の要求には応じないコメントを出して対抗している。

 これは、憲法21条が保障する「表現の自由」に関わるメディアの大問題だ。〃文春砲〃には散々抜かれっぱなしの新聞・通信・テレビなどの大手メディアの反応は、表現の自由の危機だというのに、記者クラブ制度と距離のある週刊誌報道とあってか、どこか、その報道ぶりは「人ごと」に見える。一部の新聞は社説で書いたが、単にその経過を伝えるだけの報道も多く、あまり熱意が感じられない。その原因は、「大手メディアが五輪スポンサーになっているからではないか」との声もある。確かに、朝日、毎日、読売、日経の4紙は東京五輪の「オフィシャルパートナー」、産経、北海道が「オフィシャルサポーター」に名を連ねてカネを出している。当然、その系列のテレビ局も親会社の顔色をうかがっているとの厳しい指摘もある。「だから人ごと」だとしたら、情けない。

 「内部告発」を基に記事を書いたり、報道したりすることは、「権力監視」を目的とするはずのメディアでは、有効な取材方法である。一方で、「内部告発」を基にしたメディアの報道は、「不都合な真実」を暴露された当事者との間で、抗議を受けたり、訴訟リスクがあることは常につきまとう問題でもあり、単に文春だけの問題にはとどまらない。だからこそ、大手メディアは、もっと文春と危機感を共有したスタンスで報道してほしい。

 それにしても、組織委の記事への「抗議」までは、自由であり、理解できるが、権力主義的な「掲載誌の回収」や「オンラインの記事削除」まではいきすぎで異常である。それよりも、不祥事の続く組織委は、メディアや文春がこれまでに指摘した不祥事が起きた背景や原因、なぜ、開閉会式の演出責任者がころころと変わったのか、そのためにどれだけの金がかかったのか、などの疑惑を徹底的に調査して国民の前に明らかにすることが先である。組織委は優先順位を間違えているのではないか。

「情報管理に一石投じたい」が組織委の狙いか

 文春オンラインは3月31日夕、「『AKIRA』主人公のバイクが… 渡辺直美も絶賛した『MIKIKOチーム開会式案』の全貌」と題する記事を流した。さらに、翌4月1日発売の週刊文春4月8日号で「森・菅・小池の五輪開会式〃口利きリスト〃」との見出しで、東京五輪・パラリンピック開閉会式の内容を報じた。(注「AKIRA」は、漫画の主人公)

 オンラインは「東京五輪開会式の執行責任者だった振付演出家・MIKIKO氏(43)。彼女が責任者を降ろされたことで、日の目を見ることなく、“なかったこと”にされたMIKIKOチームの開会式案の全貌が判明した。MIKIKO氏が責任者を外される直前にIOC側にプレゼンし、称賛を受けた約280ページに及ぶ資料を週刊文春は入手した」との書き出しで始まる。

 週刊文春の記事はもっぱら〃口利きリスト〃がメーンだが、オンラインは入手したMIKIKOチームの「開会式案」が中心だ。文春記事では、MIKIKO氏について、ダンサー出身で、14年には、レディー・ガガのコンサートにも参加。2016年に手掛けたのが、TBS系ドラマ「逃げるは恥だが、役に立つ」の“恋ダンス“だった。主題歌に乗せ、新垣結衣や星野源らがダンスを踊る姿は、お茶の間の話題をさらった。19年6月、五輪開会式の演出責任者に就任した、と紹介している。さらに、“口利きリスト“とは、森喜朗組織委会長(当時)ら政治家が開会式に出演させるよう要求してきたリストだ。森氏の要望は記事では①歌舞伎の市川海老蔵②横綱・白鵬③XJAPANのYOSHIKIーの3人を挙げている。

 文春オンラインによると、① MIKIKOチーム案のプレゼン資料表紙②『AKIRA』の主人公が乗っている赤いバイクが駆け抜ける(プレゼン資料より)③ 三浦大知の登場シーン3枚(プレゼン資料より)④マリオが競技を紹介する(プレゼン資料より)⑤最後の聖火ランナーが火を灯す(プレゼン資料より)の計8枚の表紙とCGのカラー写真が掲載されている。一方、週刊文春の方は、④⑤は同じ写真だが、「LAST MISSIONに渡辺直美が登場 マリオが競技を紹介する」と別の写真が載っている。こちらは、いずれも、モノクロである。

 組織委は1日、発行元の文藝春秋に対して書面で厳重抗議。「極めて遺憾。演出内容は機密性の高い秘密情報」とし、内部資料を掲載して販売することは著作権の侵害に当たるとして掲載した週刊文春4月8日号の回収やオンライン記事の全面削除、資料破棄などを求めた。組織委の橋本会長は2日の定例記者会見で「報道の自由を制限するということではない」と前置きし「ただ、280㌻に及ぶ内部資料が入手されており、組織委の秘密情報を意図的に拡散し、業務を妨害したと判断した」(3日付朝日新聞「五輪の開会式案 報道の文春に組織委抗議」)。同記事では、組織委の法務部長を務める弁護士は「資料をそのままコピーしてWEBや紙面に掲載しているのが、著作物の複製になる」と指摘、このほか、不正競争防止法違反や業務妨害の罪が成立する、ともしている。さらに、組織委が強硬姿勢をとる狙いについて、ある大会関係者は「情報管理に一石投じたい」と解説する。組織委は警察に相談しながら内部調査にも着手し、開閉開式を業務委託した電通に対し徹底調査と報告を求めた、という。

 この朝日記事によると、文春の入手資料がそのまま記事やWEBに掲載されたことが「著作物の複製」に当たり、著作権法違反となるという主張であることが分かる。

オリンピックは誰のためにあるのか

 これに対して、文春側は2日、「なぜ五輪組織委員会の発売中止、回収要求を拒否するのかーとの加藤晃彦編集長名のコメントを出した。少し長いが、主張が分かりやすいので引用する。その要旨は以下の通りだ。(文春オンラインより)

▼「週刊文春」は組織委の要求に応じることはできません。東京オリンピックは、国民の多額の税金が投入される公共性、公益性の高いイベントです。日本で開催されるこのイベントが、適切に運営されているのか否かを検証、報道することは報道機関の責務です。

▼開会式の演出内容が、企画の検討段階であったとしても事前に公表された場合、演出の価値は大きく毀損されると組織委の抗議文にあります。しかし、出演者を侮辱するような企画案を開会式の責任者である佐々木宏氏が提案していたことは、小誌の報道で初めて明るみに出ました。この報道を受けて、橋本会長は、「ショックを受けた。容姿を侮辱するような発言や企画の提案は絶対にあってはならない」と述べ、佐々木氏の辞任を認めました。開会式演出の価値を大きく毀損させているのは、佐々木氏であり、その人物を責任者に起用した組織委員会ではないでしょうか。

▼排除の過程で葬り去られてしまったMIKIKO氏の案はIOCからも高い評価を受けていました。この提案がどのようなものであったのか、その骨子を報じることは、広く国民の知る権利に応えるものです。

▼侮辱演出案や政治家の“口利き”など不適切な運営が行われ、巨額の税金が浪費された疑いがある開会式の内情を報道することには高い公共性、公益性があります。著作権法違反や業務妨害にあたるものでないことは明らかです。

▼小誌の報道に対して、極めて異例の「雑誌の発売中止、回収」を求める組織委員会の姿勢は、税金が投入されている公共性の高い組織のあり方として、異常なものと考えています。もし、内部文書を基に組織の問題を報じることが、「著作権法違反」や「業務妨害」にあたるということになれば、今後、内部告発や組織の不正を報じることは不可能になります。

▼東京オリンピックは、誰のためにあるのか。組織委員会や電通、政治家など利益を得る一部の人々のために、オリンピックがあるのではないか。「週刊文春」は組織委員会の要求を拒否し、今後もオリンピックが適切に運営されているのか、取材、検証、報道を続けてまいります。

文春報道は「報道の目的上正当」、と専門家

  文春側コメントの中でも「もし、内部文書を基に組織の問題を報じることが、『著作権法違反』や『業務妨害』にあたるということになれば、今後、内部告発や組織の不正を報じることは不可能になります」という指摘が、メディア報道にとって重要だ。

 著作権法41条は「写真、映画、放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において複製し、及び当該事件の報道に伴って利用することができる」と規定している。

 著作権法に詳しい志田陽子武蔵野美術大教授(憲法、芸術関連法)によると、「この規定によって報道の自由の方が優先されるとは完全には言い切れない。条文の『報道の目的上正当な範囲内』という条件に文春報道が当てはまるかどうかが論点」(「組織委の週刊文春への抗議は法的に成り立つか」4日、ヤフーニュース)だという。

 続けて志田氏は言う。41条は「報道」という言葉を使っており、法文上は公共性のある報道か、ゴシップ的な報道かを区別していない。しかし、公共の利害ないし公益にかかわる報道の場合には、「報道の目的上正当」と評価される必要性も公算も高いものとなる。このとき、その報道が対価をとって提供されるものかどうかは、問題とならない。「営利表現」とは、広告表現をいうのであって、新聞・雑誌・書籍が対価をとって売られる場合のことを言っているのではない。その上で、志田氏は以下のように結論付けている。

<週刊文春の記事は「報道の目的上正当な範囲」を逸脱するような、著作物の不当な利用とは思わない。日本のオリンピックが、オリンピックの精神にふさわしい見識を持って運営されているかが大きく問われ、国民の真剣な関心になっていることは各種の新聞報道からわかる。女性の容姿を揶揄する演出案も、この関心の俎上に乗り、その中で事柄の経緯を整理して知らせることは公共的な関心になっている。こうした場合、演出価値を守るという私権上の利益よりも、公共の関心事となるべき論題を取り上げる報道の自由の方が優先されるべきだろう>

 また、上野達弘早大法学部教授(知的財産法権)も「開会式の動画や商品を勝手に販売するなどすれば問題だが、今回の報道でそうした経済的損失が出る恐れはない。今回の報道があくまでも開会式の運営の内幕を速報するものである以上、プレゼン資料などの掲載も『正当な範囲内での利用』の可能性が高い」(朝日新聞3日付朝刊)との見解だ。

 さらに、共同通信の元同僚で知的財産権の問題に詳しい美浦克教氏は6日のブログ「ニュースワーカー2」でこの問題について「そもそもなぜ著作権によって著作物が保護されるのかと言えば、人間のクリエイティブな活動の成果がもたらす経済的な利益をその作者に還元させるためです。そうすることによって、次のクリエイティブな活動につながります。著作権侵害を理由に挙げて、週刊文春を批判し回収を求めている組織委は、こうした著作権の理念や法体系に対する理解があまりにも浅いように思います。ひいては、著作権に対する誤った受け止めが社会に広がることになりはすまいか、危惧しています」と、志田氏や上野氏とはやや異なる視点から組織委のやり方に疑問を投げかけている。

 組織委側がこの問題を今後どうするのかわからないが、少なくとも紹介した3人はこの問題が著作権法違反とはならないという見解だ。

誰が橋本会長を動かしたのか

  組織委がこの問題を今後、どうするか、まだその見解を示していない。森喜朗前会長が組織委員会に及ぼす影響は、「女性蔑視発言」でやむを得ず会長職を退いたいまでも、非常に大きいといわれる。森氏は会長を辞任する際に、まず安倍晋三前首相に会長就任を打診して断られたことを自ら明らかにしている。さらに、安倍氏の後に元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏に根回しをしたことが川淵氏本人の記者への発言で大騒ぎになったことも記憶に新しい。そして、森氏と「親子の関係」というほど親しい橋本聖子氏を内閣の五輪担当相から引きはがして、菅政権の意向で会長に選ばれた、というのがメディアの大方の見方だ。組織委はこれまで森氏の支配下にあったといわれる。いまはどうなのか。今回の組織委の文春への「回収・削除」の問題も、一体、誰が橋本会長を動かしたのか。その経緯も明らかになっていない。

 変異種を含めて新型コロナウイルス感染者がまた全国で拡大しはじめている。「第4波到来」と見る感染症学者もいる。大阪、兵庫、宮城などの各市で「まん延等防止重点措置」も適用された。組織委は海外からの観客は受け入れないことを決めた。その中で3月25日、全国での聖火リレーは実行に移された。何としてでも、「コロナに打ち勝った証」として「政権浮揚」のために、五輪をやりたい菅義偉首相は五輪開催に前のめりのままである。五輪について「延期・中止」約7割という世論をどう考えるのか。もしも、「無観客」での開催となったら、五輪の意義はあるのか。「無観客」でもやれる保証ですらまだない。