2月29日の土曜日の午後6時。安倍晋三首相は首相官邸で、新型コロナウ イルス感染防止のために打ち出した小中高などの全国一斉の臨時休校要請について記者会見した。2日前の27日夜、首相が唐突に表明した要請がメディア や学校現場などから「説明不足」などと強い反発が出ていることに対する大事 な釈明の会見だった。首相は19分間、「全国一斉休校」について、明確な判断の根拠を示さず、一方的に「決意表明」。記者の質問を途中で打ち切るなど 「何のための記者会見だったのか」との疑問が残る、後味の悪い会見内容とな った。
専門家の意見聞かずに政治決断
朝日新聞の29日付朝刊の検証記事によると、政府は25日に感染拡大防止を目指す基本方針発表を行い、翌26日には2週間にわたる大規模イベン トの開催自粛要請をした。ところが、27日になって、萩生田光一文科相はいきなり「全国一斉休校」の意向を首相から聞き、さらに、同日夜の政府の対策 本部の会合でより具体的な「3月2日から春休みまでの全国一斉の臨時休校の 要請 」の言葉を聞いた。首相側近の菅義偉官房長官や官僚トップの杉田和博官房副長官も事前に首相からこのことで相談を受けることはなかった。3月2日の参院予算委で首相は、専門家の意見を聞かずに政治決断したことを認め た。
なぜ、安倍首相は、結果によっては、政権の命取りになるような〝電撃的 ”ともいえる奇策に出たのかー。クルーズ船の感染者拡大などが外国メディア からも批判を浴び、「桜を見る会」や「東京高検検事長の定年延長問題」などでも、メディアや野党からの相次ぐ追及を受けて、内閣不支持率がどのメディ アの調査でも支持率より大きく上回る状態から脱して、政権の“起死回生”を 狙ったのではないかと疑われる。安倍さんがピンチに陥るとよく使う、お得意の“やってる感”を強く打ち出したということだ。東京五輪もこのままでは、 中止の可能性が出てきたことも、その背中を押したのではないか。さきの朝日新聞の検証記事では、首相決断の背後に今井尚哉首相補佐官の存在をにおわせてい る。
安倍さんの唐突な「全国一斉休校の要請」を聞いて「ガダルカナル戦の教訓」という言葉を思い出した。これは若い人にはあまりなじみのない言葉かもしれない。太平洋戦争で日本軍の勝負の分かれ目となった西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島で日本軍は米軍の兵力を誤り、戦力を小出しに投入、結果として大敗北を期した。補給をたたれたため「餓島」と呼ばれ、日本兵の多くが餓死した。ここから得られる教訓は、戦争での「戦力の逐次投入」は失敗につながるというものだ。やるなら「全力投入」ということで、今回の首相決断の発想(安倍氏か側近かわからないが・・・)には、このことが念頭にあったのではないか、との見立てを私はしている。ただ「全力投入」といっても、専門家の知見や、少なくとも対策本部メンバーの徹底した事前の議論は必要で、ただやみくもにやればいいというわけでない。
今回のケースは、そもそも首相が独断でやることができる事案なのだろうか。文科省元事務次官の前川喜平氏は3月1日付の東京新聞「本音のコラム =全校休校という号令」で以下のように指摘している。
「学校の臨時休業は国の権限ではない。学校設置者の権限だ(学校保健安全法20条)。それぞれの自治体の教育委員会が、自ら状況を把握し、リスクを 判断し、児童生徒、保護者、地域住民の意見を聴きながら、責任を持って検討 し、決定すべきことなのだ。・・・全校休校の号令より、万全の検査・治療体 制を整えることこそ、国の最優先課題だろう」
首相の「全国一斉休校」は確かに「要請」という形をとってはいるが、問題 が人の命に関わるだけに、「異論」をはなさみにくく、実行主体の自治体にとっては、事実上〝強制”に近い。2日に「保護者休業への助成金」などの施策が出てきたが、なぜ保育所や学童保育は適用外なのか、その理由付けに納得のいく説明はない。「全国一斉休校」の是非はともかく、あまりにも、アバウトな決断だったのではないか。
何のための記者会見か 記者会の姿勢も問題
29日の記者会見。私もじっくりテレビで見ていた。安倍さんは相変わらず、プロンプターをみながら、いつもの身振り手振りで早口ながらよく通る声 で一方的にまくしたてる。政権に批判的な新聞では「まるで演説」であるとか 「パフォーマンス」との見出しが躍る。安倍節に特有な「しっかりと」「責任」「決断」「決意」などこれまでも使い慣れてきた言葉に加え、今回は「躊躇(ちゅうちょ)なく」との言葉が、何度も繰り返された。強い「決意」を示そうとしたのだろうが、安倍さんが何度も発する言葉は、熟慮を欠いており、あまりにも軽く思える。
1月中旬に国内でコロナウイルスの感染者が確認されてから1ヶ月半、国の対策本部や専門家会議を作るのも、なぜか、大幅に遅れた。コロナウイルス 検査のPCR検査を一部に限定してしか実施しなかったのも、医学的対応の見地からは、そうでない見方もあるのだが、政権が東京五輪を控えて、目に見えて「感染者数」が増えることを恐れていた疑いすらある。だからメディアなどから「後手後手」の対応と批判されるのだ。
毎日新聞電子版が3月1日に伝える報道によると、今回の首相会見は官邸側の要望で行われ、内閣記者会加盟社のほか、雑誌、ネットメディア、外国メ ディアなども参加した。事前に午後6時をめどに開始し、約20分という告知 があった。首相は新型肺炎への対応を約19分間説明。これで20分間はほぼ 終わっていた。質問は幹事社2社と読売、NHK、AP通信の5社のみ。長谷川栄一内閣広報官が首相の説明を含めて36分間で質問を打ち切ったため、挙手を続けても当たらない記者がいた。その姿はテレビではっきりと中継され ていた。
挙手しても当てられなかった1人にオウム事件報道で有名なジャーナリス トの江川紹子さんがいた。江川さんは自身のツイッターで「一生懸命、会見で まだ聞きたいことがあります」と訴えたことを明かした。さらに「専門家会議 では議論していない全国一斉休校要請について、他の専門家に相談したのか、今回の判断の根拠やエビデンスは何かなど聞きたかった」と連続ツイートし た。もっともな鋭い質問である。 感染者確認から1カ月半ぶりに初めて開かれた記者会見。これでは、何のための会見だったのか。安倍さんにとっては、せっかくの国民へのアピールの絶好な機会だったはずだ。安倍さんはこのあと、さすがに“お友達たち”との外食はせずに、20分後には私邸に戻ったという。
首相は23日の参院予算委で、野党の質問に対して、記者の質問を残して会 見を終わらせたのは「時間の関係だった」と釈明。「司会をつとめる広報官が 責任を持って対応している」と強調した。そもそも、こんな大事な問題でわすか20分という官邸からの会見時間の告知を、内閣記者会はなぜ受け入れたの か。記者会のこのような姿勢にも大きな問題がありそうだ。