<トランプ大統領のペルシャ湾岸3国歴訪>中東を米国の勢力圏に取り込む戦略浮上 サウジ、UAEに「ハイテク基地」構想 ネタニヤフ政権と距離を置く 「最悪の事態」続くガザ戦争 だからこそ解決のチャンスとなり得るか

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 トランプ米大統領がペルシャ湾岸のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの3国歴訪(13~15日)で290兆円に及ぶ巨額の武器・旅客機売却、インフラ整備、相互投資推進などの経済連携に合意した。その核心にあるのは、米国の大量のデータ処理能力の半導体や人工知能(AI)テクノロジーの開発・製造基地をサウジとUAEが引き受けたことだ。そこからは中東を米国の勢力圏に取り込もうとするトランプ氏の戦略が見えてくる。

「米国ファースト」はどこに

 バイデン政権はこのハイテク拠点の候補地を国内に求めてきた。今後の国際的な覇権争いを左右する戦略基地は中東でいいのか、米国内にすべきか。バイデン政権でこの問題を担当してきた元高官のワシントン・ポスト紙(電子版)への寄稿によれば、同政権はテキサス、バージニア、オハイオの3州を候補地にしていたが、地元の利害や民主、共和の党派対立などもあって決定が遅れていた。

 「米国ファースト」を掲げてきたトランプ氏がなぜ、冷戦後の世界で長年紛争の絶えないパレスチナ・イスラエルにつながる湾岸地域を国運のかかるハイテク産業の根拠地に選定したのだろうか。トランプ氏が「無能なバイデン政権」を広める効果も込めて、湾岸諸国に目を向けたとみることもできる。だが、米主要メディアの報道によると、これからのAI競争には膨大な電力が必要になる。米国は世界有の産油国ではあるが、消費量も膨大で国内では賄いきれないことが主たる理由だという。

 トランプ氏が歴訪したサウジアラビア、UAE、カタールは石油、天然ガス産出でトップクラス。サウジとUAEはともに豊富なエネルギー源依存の経済からの脱出に向けて多角的な経済を発展させてきた。サウジはイスラム教の聖地を抱える中東イスラム世界の指導者的存在。UAEは中東の金融、投資、物流の中心地。米紙ワシントン・ポスト紙国際版は、それぞれ最先端半導体やAIをめぐる競争に強い関心を抱いていて、トランプ氏との会談では突っ込んだ意見が交わされたという。

 もうひとつの訪問国カタールは政府主導経済。全方位外交を売り物にして、民主主義国のジャーナリズムに倣った独自の報道機関「アルジャジーラ」を持ち、パレスチナ自治区ガザの戦闘でもハマスとイスラエルの仲介役を務めるなど、外部世界との「窓」の役割を担っている貴重な存在だ。人口は255万人の小国だが、一人当たり国民所得は8万ドルに近く、サウジの2万900ドル、UAEの5万3000ドルをはるかに超える富裕国。トランプ訪問に際してボーイング747-8型旅客機(約570億円を)贈与したのも王室(首長)のポケットマネーから出したという話になっている。

 しかし、これからの世界の覇権争いに直結するAIや新世代半導体のチップを製造するデータセンターには、極秘情報の漏洩は許されないという経済安全保障が伴う。これを外国に設けるならその不安が生じるのは当然ともいえる。UAEには中国企業の進出が盛んなことも警戒される理由になっている。前記の元バイデン政権高官はこうした理由も上げて、ハイテク基地の湾岸進出には反対している。米国内では新たな対立を招くかもしれない。

着々と「ネタニヤフ外し」

 トランプ氏は1期目政権(2017-21年)に、国際的な流れや国際法に逆らって三大宗教の聖地エルサレムをイスラエルの首都と認めて米大使館をテルアビブから移設、イスラエルがシリアから奪った軍事占領地ゴラン高原の主権を認めるなどイスラエル全面支持の政策をとった。第2期トランプ政権発足の1月20日直前にガザでは6週間の停戦合意。これも人質解放交渉が行き詰まって、3月18日にイスラエルが大規模な爆撃を再開。イスラエルの攻撃はガザ全土にわたって停戦前をさらに上回る激しさを加えていった。

 パレスチナ自治区ガザを実効支配する反イスラエル組織ハマスの完全殲滅作戦の名のもとに、イスラエル・ネタニヤフ政権は子どもも女性も区別なく住民に多大の犠牲を強い、居住地域ごと徹底的に破壊する空陸からの爆撃を続けてきた。ネタニヤフ氏はさらにレバノン、イエメン、シリアから中東の大国イランなどパレスチナ支持の周辺アラブ諸国へと戦火を広げる。これとともに、トランプ氏のネタニヤフ政権から距離を置く政策が目に付くようになってきた。

「シリア再建」後押し 

 長年アサド政権の恐怖政治のもとに置かれてきたシリアで昨年末、過激派シリア解放機構(HTS)が主導する反体制派が政権を掌握するとともに、新憲法制定、選挙による新政権つくりを宣言した。国際社会はこれを受けとめ、トランプ氏も経済制裁解除に踏み切るなど後押しに加わった。しかし、イスラエルは信用せず暫定政権の支配地域を爆撃し、5月に入っても少数派との衝突に介入して暫定政権側を爆撃した。

 トランプ氏は湾岸3国歴訪に先立って、ハマスを支援して紅海を航行する船舶(日本船も被害)を攻撃し、イスラエルと米国が制裁爆撃を続けてきたイエメンの親イラン武装組織フーシ派と、イスラエル抜きに独自の休戦合意を結んだ。

イランとやり直し交渉

 ハマスがなお取っている人質の中で、米国籍を持つ最後の1人となっていたイスラエル軍役中の男性がトランプ氏の湾岸諸国へ旅立つ前日、解放された。1月に合意した停戦が崩れ、3月にイスラエルが攻撃再開してから初めての人質解放だった。イスラエル政府はかかわることはなく、米国が独自にハマスと話をつけた。

 中東の反イスラエル武装勢力の後ろ盾になってきたのがイラン。イスラエルの核武装(公には認めていない)に対抗してイランが核兵器を持つことは、イスラエルや穏健派中東諸国、米欧にとり悪夢。米国はオバマ政権の2016年、イスラエルの反対を抑えてイランの平和利用(原発)のための厳しい査察を条件に、原発用の必最少限のウラン濃縮を認めることに合意した。トランプ氏は1期目政権早々、イスラエルに同調して同合意から離脱。イランはその後、核爆弾製造につながる量の濃縮ウランを手にしたとみられている。2期目のトランプ氏はすぐにイランとやり直しの交渉に入り、イラン核濃縮施設などの破壊のための空爆のチャンスをうかがうネタニヤフ首相に「交渉の邪魔をするな」と抑え込んできた。

迫る飢餓

 ネタニヤフ氏は「ガザ全域制圧」を目指すと徹底的なガザ侵攻作戦を続け、国連救援機関の食料搬入もイスラエル軍が阻止して200万人のガザ住民が飢餓の危機が迫っている。5月19日、2カ月半ぶりに国連の支援食糧の運び入れを認めたが、現地からの報道ではイスラエル軍がハマスの手にわたる武器類が隠されていないか梱包を開けて厳格な検査をするので、住民にいつ届くかわから状況が続いている。1日500台の大型トラックの乗り入れが必要と言われるが、住民に届くのは10台程度と伝えられている。

 USAIDなど米政府の対外救援機関を無用と解体したトランプ氏も傍観でできなくなり、イスラエルの民間人と「ガザ人道財団」をつくって食料支援に加わった。だが、配布場所が数カ所しかなかったため、押しかけた大勢の避難民で大混乱となって死傷者を出す騒ぎを招いた。

「歴史の逆走」

 トランプ政権発足から5カ月。トランプ氏が発した大統領命令は160件に迫り、大統領メモ40件、声明60件余と合わせると260件にも及ぶ「政策」を打ち出してきた(これを違法とする訴訟が250件ほど起こされている)。トランプ氏が目指すのは三権分立の民主主義以前の、王様や君主が絶対的な権力を握る君主制国家への回帰。トランプ政権の再登場によって世界は、米国、ロシア、中国の三大独裁国家が鼎立して勢力圏を奪い合う時代へと、数百年の歴史の逆走を始めようとしている。

 トランプ氏はこの「新たな時代」の覇権を握るために、米国のトランプ化を急ぐとともに、中東の有力国との提携関係を構築する戦略に取りかかった。それを進めるためにトランプ氏はまず、冷戦終結後の80年近く絶えることなく血生臭い衝突を繰り返してきたパレスチナを「ネタニヤフ」と「ハマス」抜きのパレスチナに引き戻す道をつけることが緊要になった。

「もう我慢できない」と欧州諸国 

 中東最強の軍事国家という強者と、その軍事占領下に置かれてきた弱者。「ガザ全域制圧」の軍事攻撃と事実上の「兵糧攻め」がさらに続くなら最悪の「人道危機」は「民族抹殺」(ジェノサイド)につながる。後ろ盾の米国への遠慮からイスラエル批判を抑えてきた欧州諸国からも「もう我慢できない」というイスラル批判が高まった。

 英仏カナダ3国は「イスラエル軍の軍事作戦拡大に強く反対する」との共同声明を発表した。「ホロコースト」の贖罪を背負うドイツでは、イスラエル批判は表に出さないという暗黙のルールがあった。しかし、極右勢力の伸長の中で発足した保守・中道連立政権のメルツ首相が「ハマスのテロに対する攻撃としても、もはや正当化はできない」「何が目的なのか理解できない」などと厳しい批判を突き付けた。

「ガザ戦争」をどうしようとするのか

 その紛争は今、最悪の事態が続いている。しかし、だからこそ解決のチャンスということもできるかもしれない。こうした事態に何らかの転換をもたらすことができる立場にいるトランプ氏、そしてネタニヤフ氏は今、何を考えているのだろうか。「ガザ戦争」をどうしようとしているのだろうか。

                                    (5月31日記)