「新型コロナ対策」首相が「裸の王様」では困る その政策決定過程が見えない

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 安倍晋三政権は4月16日、新型コロナウイルスの目玉の経済対策として打ち出した、一定の要件を満たす減収世帯に30万円を給付する当初案を見直し、所得制限を設けずに国民に一律10万円を支給することと、併せて特措法に基づき「緊急事態宣言」を全国に拡大するという政策を、突如、発表した。この二つの政策の「合わせ技」について国民に説明するために翌17日夕、開かれた記者会見。公明党の山口那津夫代表から「政権離脱」までちらつかされて、閣議決定をして決めた補正予算案の国会提出直前になってひっくり返した前代未聞のドタバタ劇となった。「宣言」の拡大は、「5月のゴールデンウイークでの人の動きを最小限にするため」とのもっともらしい理由が付けられた。これはどう考えても後付けで政権の「言い訳」にしか聞こえない。

 安倍首相は会見でさすがに「この混乱は私自身の責任だ。心からおわび申し上げたい」と謝罪した。このところ、メディア各社の世論調査で内閣支持率が大きく落ち込み、不支持が支持を上回る結果が相次いでいるせいか、記者会見での首相は、テレビ中継を見ていた私には、これまでの4回と比べ、一瞬だが、いつもみせる傲慢さがやや薄れたように感じた。ところが、この感想は甘かったようだ。

 テレビ中継後に朝日新聞記者が「一斉休校や布マスク配布、星野源さんの楽曲に合わせた動画投稿で首相への批判が相次いでいるが」と質問すると、首相は態度を変えて「一斉休校の判断は正しかった。布マスクは御社のネット通販でも3300円で販売していた。(動画は)若い人にどう外出を自粛してもらうか工夫した。批判は受け止めるが賛否両論あった」と何とも大人げない反論。会見に出た朝日の官邸キャップ星野典久氏は「首相の話は果たして人々の心に届いているのだろうか」(18日付朝刊)と書いている。森友・加計、桜を見る会と首相を告発する〃朝日嫌い〃が表に出てしまったのだろうが、一国の首相として、記者の質問に対して、新聞社の「ネット通販」の問題まで持ち出して反論するのはどうかと思う。会見の目的はあくまでも国民への丁寧な説明を行うことにあるはずで、「首相の品格」を疑われても仕方がない。

揺らぐ「官邸主導」見えてくる政権のほころび

 中国、台湾のように落ち着いてきたところもあるが、世界中で感染者や死者の拡大が止まらない新型コロナウイルス感染。この脅威に対抗するためには、冷静で決断力のあるリーダーが必要である。そのためには、「透明な政治決定」が前提となる。ドイツのメルケル首相は3月18日、テレビを通じて国民に「開かれた民主主義が意味するものは、私たちが政治的決定を透明化し説明すること、できる限り私たちの行動の根拠を示し、それを伝えることで、人々の理解が得られるようにすることです」と演説した。

 日本ではどうだろうか。全国の小中高の一斉休校、イベント自粛、緊急事態宣言、布マスク2枚配布、そして、今回の国民への10万円一律支給と緊急事態宣言の全国への拡大。いずれの政策についても、安倍政権の政策決定過程が国民にはよく見えない。いずれも国民にその決定過程が明らかにされないまま、政策が決まり、結果だけが国民に知らされる。「安倍一強」を支えるはずの「官邸主導」もこのところ揺らいでいるのではないか。新型コロナウイルス対策の一連の安倍政権の政策を見てみると、単に「後手後手」「場当たり的」という言葉だけではすまない政権のほころびが見えてくる。

 「官邸主導」を支えるはずの、菅義偉官房長官や「官僚中の官僚」といわれ内閣人事局でキャリア官僚人事を一手に握る杉田和博官房副長官の表立った顔がこのところ見えなくなっている。加計学園問題で浮上した首相腹心の萩生田光一文科相にすら、事前の相談がなく一斉休校が決まったと、萩生田氏自身が認めている。また、コロナ対策の重要な政策が安倍首相の側近中の側近の今井尚哉首相補佐官と〃今井チルドレン〃ともいわれる今井氏と同じ経産省出身の佐伯耕三首相秘書官の手で決められていると、複数のメディアで報道されている。一斉休校やイベント自粛は今井氏で、布マスクと星野源氏とのコラボ「うちで踊ろう」の動画配信はいずれも佐伯氏のアイデアとされる。「官邸官僚」の中でも安倍首相好みの一部の官僚が重用され、権勢を振るっているようにすら見える。トップが好き嫌いで官僚を使い始めたら政治は機能しなくなる。政権は末期症状である。

「司令塔」二つで危機管理上問題が

 一方、新型コロナウイルスの感染症対策本部は官邸に設置され、専門家会議は内閣官房に置かれている。しかし、感染症対策は厚労省で、実働部隊は厚労省のはずだが、その対応に当たる「司令塔」も見えにくい。安倍首相は加藤勝信厚労相のほかに、わざわざ「特措法担当」として西村康稔経済再生担当相を付けた。実務を仕切るリーダーが2人いるわけである。どうも週刊誌報道などによると、加藤氏がはしごを外されたということらしいが、実働部隊を仕切る「司令塔」が二つあること自体、危機管理上、問題はないのか。ゲノムの権威の中村祐輔・米シカゴ大名誉教授は「命に関わる感染症対策の責任者を経済再生担当大臣が務める違和感は、海外でも指摘されている」(19日付東京新聞朝刊)という。

 さらに、官邸には、3月に新設された樽見英樹新型コロナウイルス感染症対策推進室長(厚労省出身)がおり、厚労省には事務次官と同等の医官の最高ポストである鈴木康裕医務技監と約280人の医官がいる。和泉洋人首相補佐官とのホテルの〃コネクティングルーム〃で週刊文春で話題となった大坪寛子氏もまた、この医官の1人で、ダイヤモンドプリンセス号の感染の時に記者会見に現れた。押谷仁東北大大学院教授や西浦博北海道大大学院教授ら研究者を中心とした「クラスター(感染者の集団)」を追跡する厚労省の「クラスター対策班」もある。押谷教授らの活躍は、4月のNHKスペシャル「クラスター対策班 最前線からのメッセージ」で話題となった。12人の専門家会議(1人は弁護士)の主要メンバーは厚労省所管の国立感染症研究所が中心で、座長は感染症研究所所長だ。押谷氏も委員の1人である。全国の地方衛生研究所や保健所も感染症対策の現場機関だ。これらの関係が具体的にどのようにつながり、指揮系統はどうなっているのか、国民には分かりにくい。国もきちんと説明していない。メディアの報道も少ない。

「PCR検査」か「クラスター追跡」かの対立は何も生まない

 特にPCR検査(遺伝子検査)をめぐり、感染症研究者や臨床医らの間でテレビの情報番組まで巻き込んで「国内世論を二分する鋭い争論が展開されている」(毎日新聞4月18日、「加藤陽子の近代史の扉 コロナ禍めぐる対立 説得で最適解へ導け」)との指摘がある。東大の近現代史専攻の加藤教授の論考によると、その争点は①厚労省クラスター対策班が主導した感染第1波の封じ込めは成功したのか②市中感染の規模に鑑みれば、初動で大規模なPCR検査体制を整えるべきではなかったのか。やらなかった説得的理由は何か-の二つだという。

 ①の論者は、新型の特徴として感染連鎖の弱さがある。よって患者クラスター発生の端緒を捉えて追跡し、かつ「実効再生産数」(1人当たりが生み出す2次感染者数の平均)を「1未満」に抑えれば拡大防止になると見通した。10万人あたりの死者数0・07を見ても第1波封じ込めは成功したとする。これに対して、②は、クラスター追跡といった一か八かの賭けではなく、無症候キャリア(本人は無症状だが、他人に感染させる者)を確実に発見し、医療従事者を感染から守るためにも、早急かつ大規模なPCR検査こそ必要だったと主張する。①の論者は、主に専門家会議のメンバーらの主張で、PCR検査にたよると、無症状やあまり重い症状の出ない感染者が多く出て医療崩壊の可能性がある、とも主張した。

 加藤教授は「大臣や政治家は、政策の決定者として、専門家集団の知見と国民の要望をつなぎつつ、日本の取る戦略はこうである、と宣言すればよい。政治家の仕事とは、ある争点をめぐっての各政治主体の対立を、説得によって最適解へと導くところにあるはずだ 」とする。その上で「いまは感染の第2波 が始まっており、新たな局面へと進んでいる。そうであれば、大規模なPCR検査、クラスター追跡などすべて可能な方策を動員するしかない」と昭和史の研究者として過去の歴史的経験を踏まえて提言している。

 4月11日付日本経済新聞朝刊は「安倍一強にも医系の『聖域』」との記事で、安倍首相が4月上旬「PCR検査はなぜ増えないんだ」と、加藤厚労相、西村担当相との協議で不満を示したとの内容を伝え、厚労省の医系技官から明確な回答はなかった、と報道している。PCR検査については、もっと以前から、研究者らの間で問題は大きな論争となっていた。なぜ、首相はテレビでも大きな問題になっていたにも関わらず、この時点まで気づかなかったのか。現場の責任者の加藤氏や西村氏はこの間、何をしていたのか。専門家の間の争いなので丸投げして黙っていたのか。この記事は、安倍政権における「司令塔不在」を象徴する出来事だと思う。

 首相や大臣がすべてを「技官」や研究者のせいにするのか。新聞の「首相動静」で見ることができる毎日、行っているはずの大臣や官邸官僚の首相への報告は何だったのか。大臣ら政治家の振る舞いは、加藤教授による「説得による最適解」とは全く遠い位置にあると思わざるを得ない。耳障りの良い側近の官邸官僚の意見だけを聞いて、この問題を放置してきた首相の不作為の責任も重大である。これにより感染の拡大防止が遅れた可能性もあるからだ。

今さら「安倍丸」から下船したくてもできない

 東京都の医師会は4月半ばに入ってから、独自にPCR外来(感染外来)を設け、PCR検査を拡大することを始めた。厚労省は4月15日にやっと、重い腰を上げ、PCR検査体制拡充への〃事務連絡〃を都道府県あてに出した。「事務連絡」という言葉に注目してほしい。これまで自分たちは間違っていなかったという役人にありがちの責任逃れの便法ではないか。PCR検査をめぐっての研究者や医師らの論争は双方とも間違っていないように見える。だからこそ、「専門知」をジャッジする政治家によるしっかりとした「司令塔」がいるのだ。対策本部や専門家会議は本来このようなことを議論し、方向性を決める場ではないのか。

 ここまできた以上、いまさら、われわれ国民は「安倍丸」から下船することはしたくてもできない。「官邸主導」のスローガンをぶち上げるのもいいが、その枠組みが首相の好き嫌いによりどんどん狭くなり、「専門知」も度外視してほんの少数の取り巻きだけで人間の命にかかわる重要事項が決められているとしたら恐ろしい。毎日、「東京都知事の小池百合子です」と政見放送と見まがうようなテレビ映像が流されている。外出自粛を都知事自らが促す内容だが、7月5日投開票の都知事選をにらんだ小池氏流の便乗放送だろう。事前運動ではないのかとの声も当然にある。安倍さんはこのところ存在感を急に高めている小池都知事を意識しすぎているのかもしれない。「国民受け」を狙って支持率回復を図ろうとすればするほど、布マスクや動画投稿などに見られるように、平時ならば、それほど大きな問題とはならないはずの首相の振る舞いに、動画に「いいね」をした35万人の固定的な支持者を除いて、国民はあきれて離反していく。国のトップリーダーがこの緊急時に「裸の王様」になっては困るのである。