「河井前法相夫妻逮捕」東京地検特捜部のターゲットは安倍官邸か 党本部からの1億5千万円が買収資金に充てられたかがカギ

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 東京地裁は6月19日、 東京地検特捜部が前日に公選法違反(買収)容疑で逮捕した河井克行前法相(57)と妻の案里参院議員(46)の6月28日までの10日間の勾留を認めた。勾留は通例20日間認められており、その期限は7月8日となる。このときの再逮捕もあり得るが、当面、この日までに、捜査がどのように進展するのかがポイントである。克行前法相は、昨年7月の参院選で案里議員が自民党公認で立候補を表明した後の昨年3月下旬から投開票後の同年8月上旬まで、票の取りまとめなどを依頼する趣旨で、広島県の地元議員ら94人に現金約2570万円を供与、案里議員も夫と共謀し、このうち5人に170万円を渡した容疑。現職国会議員が公選法違反で夫婦そろって逮捕されるのは初めてで、「法の番人」で、選挙違反を取り締まる立場にあった前法相が高額の買収で摘発されるのは前例がない。

 東京地検特捜部は今回の買収の容疑事実については、〃買収リスト〃の押収や受け取った議員らの供述など逮捕前から有罪に持ち込めると自信を深めているといわれる。今後の捜査の最大の焦点は、同じ選挙区の自民党の候補よりも10倍も高い自民党本部から供与された1億5千万円もの資金が買収の原資となったのかという点だ。この金には、公金である政党交付金の一部が含まれている可能性もある。この事実が認められれば、「具体的な指示など直接買収に関与したかは別にして、その理由や資金提供を決定した人物の解明が不可欠となり、捜査が党本部だけでなく、安倍官邸にまで及ぶこともあり得る。捜査の主体がこれまでの広島地検から政治家の捜査に手慣れた東京地検特捜部に移ったことにも注目したい。

 この問題について、18日の記者会見での安倍晋三首相も「二階俊博幹事長が説明したとおり、公認会計士が各支部の支出をチェックしており、巷間いわれる使途には使えない」とひとことだけ説明するなど歯切れが悪かった。国会は野党の延長要求にもかかわらず閉会中だが、真相究明のために、国会での 閉会中審査で最高責任者の安倍首相による説明が必要なのは言うまでもない。この問題で首相には、法相への任命責任や説明責任だけでなく、捜査の展開によっては、その職にとどまれるかがが問われる「直接的な政治責任」も生じる可能性が出てくる。

「これは総理案件だから」と自民党本部関係者

 この問題もきっかけは「文春砲」だった。昨年10月30日夜、週刊文春電子版が同年7月の参院選で車上運動員への違法な報酬を払っていた公選法違反が暴露されて、克行氏は法相を辞任した。9月に念願の初入閣を果たしたばかりだった。

 この1年近く前の2018年11月下旬、自民党本部の甘利明選対委員長(当時、現党税調会長)が19年7月の参院選の候補者の1人として克行氏の妻の案里氏の擁立を自民党広島県連会長の宮沢洋一参院議員に打診した。県連はすでにベテランの岸田派の重鎮で現職、溝手顕正元国家公安委員長の支援を決めていた。19年3月、再び、甘利氏と宮沢氏が会談。宮沢氏は「県連としては2人は容認できない」と回答したが、甘利氏は「党本部としては案里氏でいく」と押し切った。「これは総理案件だから」。県連関係者は党本部サイドからこう説明されたという。溝手氏は2007年、第1次安倍内閣が崩壊後に、安倍氏のことを「過去の人」などと言ったことが、首相の逆鱗に触れたといわれている。安倍氏にはイエスマンは好きで面倒を見るが、いったん嫌いになると、とことん排除する幼児性がある、と指摘するジャーナリストもいる。党本部の案里氏擁立は、名目はあくまでも、参院広島選挙区での「自民2人当選」だが、事実上は「自分に批判的な溝手氏を落としたいだけ」との県連関係者の声もある。(以上、毎日新聞6月18日朝刊など)

 以上のような経緯で案里氏を党本部が支援し、選挙には安倍首相や菅義偉官房長官らが広島に入り(特に菅氏は公示前に3回も入っている)、二階俊博幹事長も駆けつけた。党本部から克行氏と案里氏が代表の政党支部に3カ月間に計1億5千万円がつぎ込まれた(この問題を明らかにしたのも週刊文春1月23日発売号だった)。案里氏を支援するため、、安倍首相の山口県の事務所から地元の筆頭秘書ら秘書4人が広島に入り、主に企業や団体回りを担ったという。党本部からも職員が入った。県連が支援した溝手氏には自民党の他の候補と同じ額の1千5百万円が払われただけで、溝手氏は落選、案里氏が2位で当選した。案里氏は当選後、二階派に所属した。(二階氏が支援した見返りという報道もある)

首相の側近の一人で菅氏ともいい関係の克行前法相

 河井克行氏は松下政経塾出身で、広島県議をへて1996年に橋本龍太郎内閣の時に衆院議員に初当選。2007年、第1次安倍政権で法務副大臣。2012年、第2次安倍政権発足の際に首相を全面的に支援、その後も「安倍首相や菅氏をささえること」を目的とした政策グループ「きさらぎ会」の中心的メンバーで、議員同期の菅氏を囲む無派閥の「向日葵(ひまわり)の会」も立ち上げた。安倍首相の側近で2015年10月、「首相補佐官」に就任。松下政経塾を卒業する前に米国オハイヨ州の市の国際行政研修生をしていたこともあり、政権発足前から米国に2カ月に1度ぐらいはいく「米国通」だという。16年11月、トランプ大統領が当選後、各国首脳に先駆けて就任前に補佐官として先行渡米した。17年5月の首相訪米前には「今回で第2次政権発足後、25回目の訪米となります」と強調。直後のパーティーでは「総理のいわば目となり耳となり、口となり、手となり、足となって活動させていただく」と誇らしげに話した、と6月18日の毎日新聞は伝えている。そして、昨年9月11日、法相の地位を射止めた。安倍首相には「重用」される首相好みの人物であり、もちろん、側近の一人で菅氏ともいい関係である。

 案里氏は宮崎県生まれで、27歳の時に10歳年上の克行氏と結婚。29歳で広島県議に当選、県議は通算4期、広島県知事選で敗れたこともある。ノンフィクションライターの常井健一氏のインタビューに逮捕前の6月5日に応じた。週刊文春6月25日号では、今回の問題について「もらい事故って感じですよ」と感想を述べている。さらに、検察の事情聴取は計6回に及んだことや、党からの1億5千万円については「党からの振り込みで通帳にも記録が残っている。まったくきれいなお金です。人件費、事務所費、印刷費、全戸配布のポスティングなどで使い切りました。このお金で買収したなどといわれているが、一切そんなことはない」と強く否定している。

検察が起訴に自信を持つ 決め手は買収リスト

 特捜検察にとって、今回の事件の立件は、検察の存在を国民の前に示し、データ改ざん事件などで失われた検察の威信を取り戻す絶好の機会だった。特に、安倍政権による黒川弘務元東京高検検事長の無理筋の定年延長と検察庁法改正案提出という検察の独立を侵すような振る舞いに、現場は抵抗を強めたといわれる。週刊文春6月25日号の「河井捜査を妨害 安倍VS特捜検察 暗闘230日」によると、「官邸が圧力をかけて、河井夫妻の捜査をやめさせようとしている」。黒川氏が賭けマージャン問題で辞職した5月22日の夜、広島地検のある幹部が、地元記者らを前にこう怒りを露わにしたのだ。この幹部は憤懣やるかたない様子でこう続けた。「官邸は検事総長を辞めさせて、河井捜査を止めようとしているようだが、そうはいかない。法務・検察は内閣に人事を握られているが、俺は捨て身でやる」。週刊文春の記事には、理不尽な「1強政権」との対決しか、検察が国民の支持を取り戻す手段はないかのような決意に満ちた地検幹部の発言が生々しく伝えられている。安倍官邸はこのような意味でも「検察という虎の尾を踏んだ」のではないか。

 河井夫妻については、当初は「在宅起訴」との情報もメディアで飛び交った。一方で、国会開会中の「逮捕許諾請求」という情報もあった。しかし、コロナ禍や黒川元検事長の賭けマージャン問題も出てきたこともあり、国会閉会直後の逮捕という形で落ち着いた。その意味では、予想通りの展開だった。この間、広島県議らに対する、検察のかなり強引な事情聴取の話もフェイスブックなどで聞こえてきた。これは弁護側が公判で供述の任意性などをめぐって主張する可能性がある。しかし、粘り強い検察の捜査で、夫妻の逮捕までこぎ着けた。逮捕前日の6月17日、夫妻は離党した。しかし、議員辞職はしなかった。政権も夫妻も検察を甘く見ていた節がある。あくまでも可能性だが、辞職していれば、「在宅起訴」もあり得たのに。

 河井夫妻は、逮捕後も「不正な行為はしていない」と容疑を否認しているという(朝日新聞、6月20日)。おそらく、起訴され公判でも夫妻は容疑を否認する可能性が高い。もともと、今回の公選法(買収)違反の捜査では、参院選より3カ月以上前の昨年3月からの買収事案まで対象とされており、4月には統一地方選もあったことから、「当選祝い」などと紛らわしいケースもあり、従来、検察は立件の対象にしてこなかった。その意味でも、公選法(買収)違反について、立件時期の対象が広がったことになり、今後の公判でも議論になりそうである。

 しかし、検察側は、1月15日の河井氏の家宅捜索で得たパソコンなどから、電子データを解析する「デジタルフォレンジック技術」を使い、買収先のリストを復元した。(河井氏はパソコン内のデータを削除、証拠隠しをしていた可能性もある)。この「買収リスト」には、河井夫妻が、いつ、誰に、どれだけの現金を渡したかを記したものとみられる。さらに、このリストに基づいて、県議や市議、自治体首長らから、この金の趣旨を統一地方選での「当選祝い」などでなく、7月の参院選のための買収という供述を複数得たと考えられる。これが、検察が逮捕事実の容疑の立証に自信を持つ理由である。克行氏の作ったリストを突きつけられれば、買収された側も、認めざるを得ないというわけである。だからこそ、克行氏側は、これらの金が「政治資金」ならば、政治資金報告書に書かざるを得ないため、政治資金規正法に触れる恐れもあるので、金をばらまいた相手から「領収証」もとらなかった。

官邸までいくかは今後の捜査の進展次第

 メディアは20,21日に入って、党本部からの1億5千万円についての問題に報道の重点を移しつつある。共同通信が20日に河井夫妻側が1億5千万円について、その使途を記載しないまま法定の報告書を5月までに県の選管に出していた、と報じた。6月21日の東京新聞は、票のとりまとめを依頼する趣旨で提供したとされる資金のうち、河井陣営関係者への報酬数百万円が案里氏の政党支部から振り込まれていた、と書いた。さらに、同日の毎日新聞は 、河井氏側は参院選開票日直後の昨年7月末、陣営の資金が底をつき、未払い金が約3500万円もあり、1億5千万円は使い切っていた、との記事を掲載した。いずれも「関係者の取材」ではあるが、今後、「1億5千万」関連の記事が相次ぐことが予想される。メディアとしては、当然のスタンスである。今後、東京地検特捜部の捜査が1億5千万円をめぐり、この金の流れをどこまで解明できるかが焦点。官邸の関与の捜査までいくのか・・・。

 元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は「買収資金の原資の提供も、捜査の対象となり、捜査が、自民党本部・安倍政権にも及びかねない」という。その上で溝手氏への1千5百万円を大幅に上回る1億5千万円が河井氏側に提供された理由は、事務所費、ポスター代等の使途が明確な選挙費用ではなく、参院選に向けて案里氏への支持を拡大し、当選させる目的で提供された資金であることは明白だ。つまり、河井氏らが、案里氏を「当選させるために」金銭を提供したことが「選挙人」や「選挙運動者」に対する「供与」として公選法の買収罪に問われのであれば、その資金の提供者は、少なくとも「選挙運動者」である克行氏本人に提供された分については、「交付罪」が成立することになる、という(4月27日、ヤフーニュース)。事実上、買収を仕切り、そのほとんどを実行していたのは克行氏ということがこれまでの検察の調べて判明している。

 一方、元特捜部副部長の若狭勝弁護士は「1億5千万円を買収に使うよう指示していたならば、自民党本部における刑事責任が生じてきます。しかし、その提供そのものは合法で、広島というかなり特殊な状況下での事件ですので、大物議員の関与は考えにくいでしょう。道義的責任は問えると思いますが、そこへの波及はないと思います」(6月18日、j-castニュース)と、「指示があれば」との条件付きだが、郷原氏とは見解が異なる。

 2人のコメントを見ると、確かに、党本部や官邸の関与の追及には、多くの壁がありそうだ。石破茂元自民党幹事長は「自分の経験からいって、1億5千万円という大きな支出は幹事長では決められない」と言い切った。「モリ・カケ・サクラ」と今回の前法相夫妻逮捕で共通しているのは、昭恵夫人を含めて安倍首相の〃お友達〃であり、後援者であり、側近であり、いずれも安倍首相に近い人たちへの「えこひいき」である。なぜこの政権はこのようなことが続くのか。必ずしも「一強」だけが原因とはいえないのではないか。前回27%と〃危険水域〃といわれた毎日新聞の内閣支持率。6月20日の世論調査で9ポイントも戻し、36%となった。支持率がこのように上がる理由は、そろそろ全国に届き始めた10万円の一律給付金以外に見当たらない。有権者として寂しい限りである。

【追記】中国新聞は6月21日、河井夫妻が支部長を務めた自民党の二つの支部に、党本部から提供された1億5千万円のうち、1億2千万円が税金を原資とする政党交付金であることが分かった、と報じた。複数の関係者によると、案里氏の支部の口座には、昨年4月15日に1千5百万円、同年5月20日と6月10日にそれぞれ3千万円ずつが入金されていた。克行氏の支部の口座には、6月10日に4千5百万円、同月27日に3千万円が入金されていた。このうち1億2千万円は政党交付金からで、克行氏への最後の3千万円だけが党費や献金からなる党の一般会計からだったという。二つの支部は、広島県選管に出した報告書で使い道を示していなかったことも判明したという。