「学術会議会員候補の任命拒否 」政権の意に沿わない人物排除 天皇機関説事件を彷彿 早くも本性を現した「令和おじさん」 菅首相の本当の怖さを認識しよう

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「令和おじさん」「パンケーキ好き」「雪国育ちのたたき上げの苦労人」など、さまざまな褒め言葉によるメディアの印象操作で、このところ世論調査で最高74%もの支持率を得ている「剛腕宰相」菅義偉首相が就任以降1カ月もたたないうちにその本性を現した。

日本を代表する人文・社会科学系学者狙い撃ち

 日本学術会議が推薦した候補者6人を何の理由も告げず任命を拒んでいたことが10月1日、発覚した。

 2日の国会での野党の合同ヒアリングで、安倍晋三前首相の時代に、内閣府と内閣法制局が、日本学術会議が推薦した会員候補者を、これまでの「形だけの推薦制」から「推薦があっても必ず任命する義務はない」とひそかに、解釈を変更して準備を進めていたことが分かった。だが、2004年度の現行制度の開始以来(それまでは別制度)、首相による推薦候補の任命拒否は極めて異例だ。6人はいずれも安全保障関連法、特定秘密保護法、共謀罪などで「反対」の意思表示をした法律や近現代史など日本を代表する人文・社会科学系の学者ばかり。

 菅義偉首相は自民党総裁選中の9月13日、フジテレビの番組で「私どもは選挙で選ばれている。『何をやる』という方向を決定したのに反対するのであれば、異動してもらう」と自分に異を唱える官僚は排除すると明言した。今回は「官僚」ではなく、首相任命の「学者」だが、そもそも選挙で選ばれていさえすれば、何をしてもいいのか。首相にとって都合の悪い人物を排除するというという独裁的なシステムが「学者の国会」とも呼ばれる学術会議の学者にまで拡大した。

 菅首相は2日、「法に基づいて適切に対応した結果だ」と記者たちのぶら下がり取材にやっと答えただけで、正式にはこの問題で会見を開いて国民に説明することはなかった。今回は菅氏が官房長官時代から牛耳ってきた「内閣人事局」をテコとした「官僚コントロール」の延長線上で「自分が法律上は任命権者なのだから、政権の意に沿わないことを言ったことのある学者は排除する」ということなのだろう。菅政権のこのような乱暴な振る舞いは、学者の言論について政治が介入し、アジア・太平洋戦争へと進む転回点となった1935年(昭和10年)の「天皇機関説事件」を思い浮かべてしまう。

 【天皇機関説事件】統治権は法人である国家にあり、天皇は国家の最高機関とする美濃部達吉博士の憲法学説に対し、1935年2月、貴族院本会議で元陸軍中将の議員が「国体を破壊する思想」と攻撃。軍部や右翼の圧力もあり、政府は当時主流だった機関説を否定する「国体明徴声明」を2度出した。美濃部は不敬罪で告発され不起訴となったが、公職を追われ著書は発禁になった。(朝日新聞キーワード)

 安倍氏と異なり、菅氏は歴史認識や国家観などがよく分からないところもあった。メディアでは「リアリスト」と評価するジャーナリストも多いが、失礼だが、この人は歴史を学んだことがあるのだろうか。「携帯電話料金の値下げ」や「不妊治療の保険適用」「デジタル庁」「縦割り組織の打破」「地銀再編」など次々と打ち出される新政権の国民受けするスローガンにだまされてはいけない。

 政権の学術会議支配の狙いは、学術会議が50年と67年に軍事研究の在り方について「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」との声明を出し、安倍政権下の17年にも「過去の声明を継承する」との声明を改めて出したことにあるようだ。今回の会員候補者についても、首相配下の「内閣情報調査室」が思想傾向などを〃身体検査〃した可能性も捨てきれない。また、「安倍政権の継承」を掲げているので、国民的人気をいいことに、安倍支持者のコアの保守層をも取り込む戦略も透けて見える。安倍政権時代からの問題であったことは確かだが、あくまで今回、最終判断したのは菅氏自身である。その点でメディアからの一定の批判が出てくることは、したたかな菅氏のことだから、織り込み済みなのだろう。やはり、菅氏は「冷酷なリアリスト」である。本当の怖さを認識しよう。

過去には「形だけの政府任命」と政府が答弁

 学術会議事務局によると、新会員候補は学術論文やこれまでの業績を踏まえ、8月末に内閣府人事課に105人の推薦書を提出。同課からは9月28日、99人の発令案を事務局が受け取った。事務局は6人が任命されなかった理由を問い合わせたが、同課は「選考過程については答えられない」との返答だった。学術会議側は2日の総会で、任命しない理由の説明や6人の任命を改めて求める菅首相宛の要望書を内閣府に提出することを決めた。

 日本学術会議は約87万人の国内の学者を代表する機関で、定員210人、任期は6年で3年ごとに半数が交代する。日本学術会議法に基づき、首相が所轄し、経費を国が負担する。同法は、会議が政府から独立して科学に関する審議などを行うことを明記。1983年(昭和58年)11月24日、第1次中曽根康弘内閣の時の参院文教委員会で、政府は「学術会議が推薦したものは、拒否しない。形だけの任命をしていく。政府が干渉したり、中傷したり、そういうものでなない」と明確に答弁している(東京新聞10月2日付朝刊)。

前例のない決定をなぜするのか

 任命を拒否されたのは、東大の宇野重規教授(政治思想史)、東大大学院の加藤陽子教授(日本近現代史)、京大の芦名定道教授(キリスト教学)、早大大学院の岡田正則教授(行政法)、東京慈恵会医科大の小沢隆一教授(憲法学)、立命館大大学院の松宮孝明教授(刑事法)。宇野氏は13年12月、他の研究者と共に特定秘密保護法に反対の立場を表明。加藤氏と松宮氏は共謀罪法案に反対。芦名氏は「安保関連法に反対する学者の会」に賛同。岡田氏も安保関連法に反対。小沢氏は15年7月、国会の中央公聴会安保関連法について違憲性を指摘した。拒否された学者の怒りの声は・・・。

 小沢教授「理由の説明がなく、到底承服できない。学問の自由の侵害ではないか」

 岡田教授 「学術会議は独立した審議機関なのに、菅首相は官僚組織の延長のようにとらえているのかもしれない」

 松宮教授「法律的には、首相は推薦通り任命するつくりになっている。憲法に保障されている学問の自由と、学術会議の独立制を脅かす暴挙だ」

 加藤教授「首相が前例のない決定をなぜしたのか、それを問題にすべきだ。この決定の背景を説明できる協議文書や決裁文書は存在するのだろうか。学問の自由という観点からだけでなく、この決定の経緯を知りたい」(加藤教授は小泉純一郎政権の公文書管理についての有識者懇談会に参加)           

 (以上、毎日新聞、東京新聞から)

 加藤勝信官房長官は1日の記者会見で「会員の人事を通じて一定の監督権を行使することは法律上可能。直ちに学問の自由の侵害ということにはつながらない」と述べ、さらに、2日の会見では「政府として(任命除外の)判断をした。判断を変えることはない」と言い切った。

 確かに「学問の自由の侵害」については「推薦を拒否することがイコール学問の自由、内心の自由を侵害するかといえば、学術会議会員になれないと言うことだけで、各大学での学問の自由は保障されているのだから、直ちに学問の自由の侵害に結びつくものではない」と指摘する法律家もいる。(10月2日、ブロゴス 猪野亨弁護士)。しかし、猪野弁護士は 「学術会議の会員になりたいと思えば、政権の意向を忖度した研究『成果』にしないと、会員にしてもらえない、ということになれば、政権からの圧力そのものだ」と警鐘を鳴らす。

学術会議法の構造は天皇の国事行為を定めた憲法と同じ

 また、任命を拒否された立命館大の松宮教授は京都新聞とのインタビューで「加藤官房長官は学問を監督しようと言っているが、それが自由の侵害ではないか」と指摘。その上で「学術会議法とほぼ同じ構造を持っている条文が憲法6条1項の天皇の国事行為だ。『天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する』とある。学術会議法では、『学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する』。主語と述語は入れ替わるが、同じ構造だ」とする。そして「ということは、官房長官の言い方だと、国会が指名した人物について天皇が『この者はだめだから任命しない』と言えることになる。それと同じ理屈だ。つまり任命権があることを『任命が拒否できる権限もある』というふうに思うのは間違いなのだ」。

 1949年に過去の科学者の戦争協力の反省を踏まえてできた「日本学術会議法」はその冒頭に「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献」を使命に掲げる。その立法趣旨から見ても、会議側が推薦してきた人を理由も告げずに排除することなどあってはならないのは当然である。

 菅氏は12年12月の第2次安倍内閣発足以来、7年8カ月もの長い間、官房長官として官邸権力の中心だった。9月6日の「ウォッチドッグ21」「『ポスト安倍』にこのようなやり方で日本のトップが決められていいのか」で、私は官房長官の力の源泉について、「①内閣官房機密費(日本共産党の19年の情報公開請求で判明した官房長官が使った「政策推進費」は年間約11億円)②正副官房長官会議③内閣人事局ーを牛耳ることができること。これに、毎日、土日祝日を除いて午前と午後の2回行われる記者会見も付け加えておく」と書いた。

 このうちの中心はやはり「内閣人事局」にあることは間違いない。菅氏は12年の官房長官就任直後にジャーナリストの鈴木哲夫氏から「何をやりたいか」を訪ねられて、間髪を入れず「内閣人事局」と答えたという。サンデー毎日9月20日号「安倍なき1強を築く菅・二階」で鈴木氏はこう書いている。

 「政策を聞いたつもりだった。だが、(菅氏がこだわった)最優先は霞が関の官僚をグリップし、政権を安定させるための人事局の創設だった。菅氏が危機管理を官房長官の仕事として最重要に位置づけ、その手段として人事局を考えていたということだ」

決して手渡さない人事権

 審議官以上約700人のキャリア人事を握る内閣人事局はその1年半後の14年5月、設立される。官房副長官を兼ねる内閣人事局長は初代が加藤勝信氏(現官房長官)、2代目が萩生田光一氏(現文科相)と、安倍首相に近い政治家が ついたが、3代目は警察官僚出身の杉田和博氏が17年8月以来、79歳という高齢にもかかわらず、菅政権でも続投している。安倍政権下では、事実上、この人事権を握っていたのは菅氏といわれる。菅政権になっても、おそらく、菅氏の性格からいってこの権力は加藤官房長官には決して手渡さないのではないか。

 内閣人事局制度は、森友、加計学園問題では、このシステムが官僚の忖度などの弊害を生み出したとされた。ふるさと納税で自分とは異なる意見を出したとして総務省の局長は菅氏により更迭された。他にも同じような目にあった官僚は多くいると言われる。「政治主導」として官僚への適切なグリップならば、このシステムは必ずしも悪いとは思えないが、異論を挟む官僚には、すぐにカッとして排除する。そのことを公言して威圧する。これではいいアイデアや悪いニュースは入らなくなる。そんなことを続けたら、〃ヒラメ官僚〃ばかりになる。また、「国民全体の奉仕者」である良質な官僚は生まれない。安倍政権は終わったが、この忖度とゴマすりが混じった〃恐怖支配〃は、菅政権誕生で継続しただけでなく、当事者が最高権力者に上り詰めたのでさらに強化されているのではないか。

次のターゲットは検察か

 黒川弘務元東京高検検事長の定年延長問題も実は、菅氏が主役だったといわれる。黒川氏をかわいがって「官邸の守護神」といわしめたのはほかならぬ菅氏だったというわけである。上川陽子氏が今回3度目となる法相になった。これには意味がある。林真琴検事総長を法務省刑事局長から名古屋高検検事長に追い出したのは、当時も法相だった上川氏といわれている。その上川法相は、就任後の9月16日の会見で通常国会でいったん廃案となった、検察官の定年延長を可能とする検察庁法改正案について「改正部分にさまざまな意見があったと承知している。それを踏まえ、関係省庁と協議し、再提出に向けて検討したい」と語った。まさかとは思うが、廃案となったものとほぼ同じ法案が再提出される可能性もある。

 これは菅政権の検察への挑戦状のように聞こえる。上川氏、小泉内閣で竹中平蔵総務相のときに、菅氏は副大臣、上川氏は政務官という間柄で仲がいい。内閣人事局への言及が長くなったが、今回の学術会議の6人の学者排除も内閣人事局での「成功体験」の積み重ねの上に起きたとみていいのではないか。菅氏の次のターゲットは、やはり目の上のたんこぶの「検察」であろう。安倍政権以来、日銀、内閣法制局など政権から独立しているはずの官庁が次々とその独立制を奪われてきた。

 近畿財務局職員が自殺に追い込まれた森友学園の公文書改ざん問題で佐川宣寿氏(元国税庁長官)に指示したのは誰か。単なる佐川氏の忖度だけだったのか。河井克行、案里夫妻の公選法違反で1億5千万円を党資金から出させたのは誰か。そして、ジャーナリスト伊藤詩織氏への性暴力問題で元TBS記者を逮捕寸前でかばったのは菅氏の官房長官時代の元秘書官で、現在は警察庁次長に昇進している。いま、いずれの問題も藪の中にある。しかし、一見、完璧なようでも目に見えない小さな穴から水は漏れる。

 学術会議の問題をテレビの情報番組が取り上げ始めた。菅政権は大きな間違いを犯したのではないか。何事も調子に乗ってやり過ぎれば危機を招く。