戦時中、「大本営」は本当は「撤退」なのに、負けていないという意味を込めてガダルカナル島の戦いで「転進」と発表した。戦後、自衛隊の前身の保安隊時代に「戦車」を、軍隊ではないという意味で「特車」と言い換えていたことがあった。政府にとって都合の悪いことは、言葉の「言い換え」で国民をごまかそうとしたわけである。
「すり替え」は、この「言い換え」とはニュアンスがかなり異なる。「言い換え」は単に別の言葉に言い直すことである。これに対し「すり替え」は①中身や内容を別のものに変えること ②物事を別の物事であるかのように錯覚させること(Weblio類語辞書)という意味もある。この「すり替え」がいま日本の政治で目立ち始めている。
日本学術会議の在り方を検証する自民党プロジェクトチーム(PT、塩谷立座長)は12月9日、「学術会議を(23年9月までに)政府から独立した組織にすべき」などとする提言案をまとめた。提言案では、学術会議について「期待されている役割を十分に果たしているとは言いがたい」とした上で、「政府から独立した組織にすべき」と指摘。運営費について、会費や民間からの寄付など自主的な財源を強化すべきとしつつ、当面は政府が財政支援をする必要がありとした。会員については、投票など透明な手続きで選ぶべきだとした(TBS、9日)。
同じ日、岸信夫防衛相は自民党の国防部会・安全保障調査会合同会議で、配備を断念した陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の代替策として、新型イージス艦に当たる「イージスシステム搭載艦」2隻を整備する方針を提示し、了承された(毎日新聞デジタル9日)。
安倍晋三政権を継承した菅義偉政権としては、当然の動きなのかもしれないが、いずれも「オイオイ ちょっと待ってほしい」と突っ込みを入れたくなることがらである。学術会議はもともと、6人の会員候補を菅首相が任命拒否した「学問の自由」にもかかわるはずの問題だった。また、イージス・アショアも安倍前首相がトランプ大統領から兵器の〃爆買い〃要請に応じたもので、「海上自衛隊ではイージス艦の乗員確保は難しくなっており、陸に置くことで負担を軽減する」という意味があったのではなかったのか。
これは、全く問題の「すり替え」であり、国民の目をくらますための〃すり替え詐欺〃のようなものである。安倍・菅政権は今年に入ってこのような「すり替え手法」で国民を堂々とだますような事態が続く。「黒川弘務東京高検検事長定年延長問題」や11月8日の秋篠宮殿下の「立皇嗣の礼」の後に一部で報道された女性皇族の結婚後、皇籍は離脱するものの、特別職国家公務員として「皇女」とする案も皇位継承問題の「すり替え手法」という意味では全く同じである。「検事長問題」は検察官の役職定年を絡めた定年問題と「検察の民主的統制」を議論する「検察刷新会議」にすり替えられた。また、「皇女問題」は、2017年の天皇退位特例法の国会論議で「『女性宮家創設』含めた議論をする」との国会の付帯決議をないがしろにするものだ。
この四つの問題は、いずれも政権による「問題のすり替え」という点で共通している。このようなすり替えがまかり通っていいわけはない。野党やメディアもこの点で「権力監視」が不十分である。もっとしっかりしてほしい。また、この四つの問題には、いずれも官邸を牛耳る警察官僚の関与が垣間見えることも問題だ。
【検事長定年延長問題】唐突に法相が「検察刷新会議」を設置
今年1月末、政府は黒川弘務東京高検検事長(当時)の定年を従来の検察庁法の解釈を変更して延長する閣議決定をした。黒川氏は「政権の守護神」といわれるなど政権に近いことが問題となり、野党やメディアだけでなく、「検察と政治の距離」をめぐって検察OBをも巻き込む騒ぎとなった。次期検事総長含みで定年延長された黒川氏は週刊文春の新聞記者との「賭けマージャン」を暴露されてて5月に辞職した。その4日後の5月26日、当時の森雅子法相がいきなり「法務・検察行政刷新会議」を設立すると発表した。森氏は①検察官の倫理②法務行政の透明化③日本の刑事手続きが国際的な理解を得られるための方策ーなどを設置理由に挙げた。
当時、元法相の河井克行・案里夫妻の検察による公選法違反事件の捜査が進んでいた。委員の人選自らに森氏が関与したこともあり「検察と政治との距離」や「検察の中立性」を問題だ、として最終的に委員に名を連ねなかった検察OBの弁護士もいた。さらに、元東京地裁裁判長をつとめた山室恵弁護士はいったんは委員を引き受けたものの、森氏が会議の議題から検事長問題のキモともいえる「政治と検察の距離」を外したこともあり、第2回目の会合を待たずに委員を辞任した。山室氏は「定年延長問題でまずは何があったのか、森氏は法務省と共に事実関係を説明するのが先決だろう」とその姿勢を批判した(東京新聞8月13日付朝刊)。刷新会議は11月に第7回会合を開くなど菅政権発足後も論議を続けている。この間、もちろん、定年延長問題の事実関係が明らかにされることはなかった。
確かに、東京地検特捜部に金融商品取引法違反の容疑で逮捕され、保釈中に日本から密出国によりレバノンに逃亡した日産元CEOのカルロス・ゴーン氏の「日産ゴーン事件」で指摘されたように「人質司法」や「取り調べの完全可視化」など、検察に対する「民主的統制」の問題が大きな課題であることは、間違いない。だからといって、時の政権が選挙で選ばれたからという理由で検察人事に介入することは「検察庁法」の趣旨からいっても許されない。さらに、検察官の定年延長を可能とする検察庁法改正案についても通常国会では廃案になり、臨時国会では再上程されなかったが、上川陽子法相は来年の通常国会での再提出をあきらめていないもようだ。検察官の定年を63歳から65歳に引き上げる部分は、反対論はない。しかし、次長検事、検事長らには63歳でいったん平検事となる役職定年が導入され、この中で政権のおぼえのよい人は最大3年間、その役職が延長されるという問題について、政府は撤回していないとみていいのではないか。
いまからみると、この問題は森友、加計学園や桜を見る会問題の中でも特に、安倍氏自身の関与の可能性が高い「桜を見る会」前夜祭(夕食会)を何としても、黒川氏を検事総長にして回避したいとの思惑を持った安倍氏や菅氏の強い意向が背景にあったと考えられる。この辺の詳しいいきさつは、最近、文藝春秋から出版された元朝日新聞司法記者村山治氏の「安倍・菅政権vs検察庁 暗闘のクロニクル」が参考になる。この問題で決して検察は一枚岩などではなく、当時の法務省事務次官が官邸とのパイプ役であり、黒川氏の定年延長の1月末の閣議決定は事務次官がらみだったことがよく分かる。また、この問題ではもともと黒川氏は菅氏と信頼関係にあり、振り付けはこれも黒川氏と関係の深い警察庁出身の杉田和博官房副長官だったのではないか。この問題の詳細が明らかにされることはないだろう。警備・公安警察のプロは決して口を割らない。
【学術会議任命拒否】自民党の「在り方検討PT」が独立を提言
10月1日、学術会議会員候補6人が菅首相により任命拒否されたことが明らかになった。これまでは学術会議側の推薦通りの任命を行うと解釈されてきた学術会議法の規定に反し、憲法が保障する「学問の自由」の侵害にも当たるという批判が野党や学術界から出て大きな問題となった。すると、自民党は2週間後に、学術会議の組織見直しの必要性を主張し始め、党内にPTを立ち上げて対抗。約2カ月で提言をまとめた。
11月25日、国会の衆参予算委員会でこの問題の集中審議が開かれたが、菅首相は6人の任命拒否の理由について「人事に関すること」として何も答えようとしなかった。6人はいずれも人文・社会科学系の学者で特定秘密保護法や安保法制、共謀罪に反対したことのある学者たちだ。確かに政権にとっては、面白くない学者に違いない。だからといって何が問題なのだろう。政権に刃向かう学者は会議に入れてはいけないと法律に書いてあるのか。
だからその理由を政権は明かさない。菅氏は10月下旬のNHKの番組で、拒否の理由を問われて「説明できることと、できないことがある」と色をなして答えて物議をかもした。また、11月5日の参院予算委では、菅氏は杉田官房副長官に相談しながら6人の除外を判断するまでの経緯を説明。その経緯をめぐり「推薦前の調整が働かず、結果として任命に至らなかった者が生じた」と答弁した。この事前調整について、菅氏はまずいと考えたのか11月10日の衆院本会議で「学術会議から推薦名簿が提出される前に意見交換が行われたものの、任命の考え方の擦り合わせまでに至らなかった」と「事前調整」を「擦り合わせ」に修正した。
この問題が起きた背景には、戦前に科学者が戦争に協力した反省から、1949年に創設された学術会議がこれまで3回にわたり軍事・安全保障分野の研究に反対の声明を出していることにある。これに自民党は強く反発していた。井上信治科学技術担当相が11月18日の参院内閣委で、軍民両用(デュアルユース)技術の研究に関して「時代の変化に合わせて冷静に考えていかないといけない課題だ」と述べて、軍事・安全保障分野の研究に否定的な学術会議に再考を求めていることを明らかにしている。さらに、井上担当相は11月26日、梶田隆章学術会議会長らと会談、学術会議を国の機関から切り離すことも検討するよう要請したことを明らかにしている。
要するに、任命拒否の目的の本質は決して単なる候補者の「人事」の問題などではない。「学術会議の独立」という名目で会議を解体し、政府の都合のいいような組織に再編することにあった、と見るべきだろう。それにしても、6人の任命問題は宙に浮いてしまった。菅氏は拒否された6人を任命することがまずやるべき課題ではないか。コロナ禍が菅政権の「GoToトラベル」への執着などで厳しさを増す中で、メディアの報道も少なくなり、国民の興味も薄れてきているように見える。この問題でも堂々とその名前が登場したのは、杉田官房副長官だったことは改めて明記しておきたい。
【イージス・アショア】検証もせず特別なイージス艦2隻に
もともと「イージスアショア」の導入は、安倍前首相が、17年11月5日に米トランプ大統領とゴルフを行った翌6日に共同記者会見を行った。その席で、トランプ大統領が『非常に重要なのは、首相が、日本が膨大な兵器を追加で買うことだ』と言及、安倍首相は『F35Aもそうですし、SM3ブロック2Aも導入することになっている。イージス艦の量、質を拡充していく上において、米国からさらに購入をしていくことになっていくのだろうと思っているわけでございます』と呼応。翌12月19日に安倍内閣は、閣議決定で「北朝鮮の核・ミサイル開発は、我が国の安全に対する、より重大かつ差し迫った新たな段階の脅威」であると理由づけ、「陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)2基を導入」するとした。これは、立憲民主党の阿部知子氏の国会での18年1月の質問主意書からの引用である。要するに、トランプ氏に兵器の爆買いを要請された安倍氏が気前よくこれに応じてしまったことが発端であることをまず確認しておこう。阿部氏はこの閣議決定について「安倍首相が、国内での適正な手続を経ずに、トランプ大統領の兵器売り込み要請に応じた疑義がある」と問題提起している。
7月5日の「ウオッチドッグ21」「イージス・アショア断念の不思議」で私はこのあとに起きた出来事について、こう書いた。
そんなときに、6月15日、河野太郎防衛相(当時)がイージス・アショアの配備計画の「停止」を突然、表明した。この事態を〃河野クーデター〃と書いた週刊誌もあった。その直前に、河野氏は安倍氏や菅義偉官房長官、国家安全保障局(NSS)の北村滋局長とは接触、12日には首相の了承を得ていたようだが、外相も自民党幹事長も与党公明党も知らなかった。河野氏のあまりにも目立つパフォーマンスと、謝罪などみえすいた反対派住民への配慮がゆえに、首相の「大失態」が陰に隠れてしまった。だから、安倍氏は6月18日の国会の閉会に伴う記者会見でイージス・アショアの配備計画中止(25日に「断念」)について、自分の失態を認めるどころか、堂々と「わが国の防衛に空白を生むことはあってはならない」などと言い始めた。そして敵基地攻撃能力の保有に関しても言及した。「抑止力は何かということを私たちはしっかりと突き詰めて、時間はないが考えていかねばならない。政府においても新たな議論をしていきたい」と自分の失態などなかったように、テーマを敵基地攻撃能力にすり替えた。首相のこの反応は、あまりにもタイミングが良すぎる。出来レースの疑いすら抱いてしまう。
イージス・アショア配備計画断念の理由について秋田と山口に配備する予定だったが、河野防衛相は迎撃ミサイルを打ち上げた際に切り離すミサイル推進補助装置のブースター(第1弾ロケット)の落下制御問題を挙げた。すでに秋田は住民の強い反対で頓挫し、山口についてもブースターの落下については対応策を考えると住民に約束していた。それができるまでに10年以上かかり、その費用も2千億円以上を要するなどと河野氏は説明した。なぜか、ずさんな調査などの責任は不問にされた。この後、ただちに「代替案」の検討が始まった。すでに米国側企業と契約済みで、一部費用は払い込んでいた。契約破棄すると、莫大な違約金を取られる可能性もあった。
そこで、米ロッキード・マーチン社製のレーダー「SPY7」とイージスシステムは契約済みなので、これを洋上に転用することにした。①護衛艦②民間船③オイルリグ型(油井を掘るやぐら)の三つの案が検討された。このうち、「護衛艦」が選ばれた。しかし、どんな艦にするのか、絞り込むには材料が乏しいため、とりあえず陸用のイージス・アショアのシステムを載せた「イージス・システム搭載艦」という名称に決めた。年末にも閣議決定される。そもそも、搭載艦に載せる「SPY7」はカタログを見て購入したもので、「すでに米海軍が使っているSPY6を採用すべきだ」との将官クラスの海上自衛隊OBに強い反対論がある。陸上自衛隊OBにも「ブースター落下は避けられない問題だが、ミサイルが飛んで来るときにブースターの落下だけの問題を考えるのはどうなのか。陸上の方が安定する」という意見も出ている。
また「搭載艦」がどのような大きさ(排水量など)になるのか、費用はどうなるのかについても、具体的に何も決まっていない。すでに購入契約をしてしまったレーダーとセットのシステム、それも元来は陸用のものを、海上用に転用する。技術やシステム、兵器開発でやってはいけない選択をしてしまったのではないか。海上自衛隊のイージス艦は来年3月に1隻が就航、8隻体制になる。「搭載艦」も「イージス艦」なので、今後、10隻体制になる予定だ。しかし、イージス艦は要員のなり手が少なく、計700~800人は必要な人員の確保はどうするのか。この問題でも、警察庁出身の国家安全保障局トップの北村滋氏が事実上の責任者である。
【皇位継承問題】国会の付帯決議を特別職公務員の「皇女」に
週刊朝日12月20日号のジャーナリスト友納尚子氏の「雅子さまと愛子さまの絆」はこう書いている。友納氏は一貫して雅子皇后を支持している皇室ジャーナリストである。
「11月24日の新聞には、タイミングを合わせたかのような記事の見出しが並んだ。1面トップで報じた「皇族女子 結婚後に特別職『皇女』創設 政府検討」(読売新聞)をはじめ、毎日新聞、共同通信の報道を紹介した上で「結婚によって皇籍離脱した女性皇族に『皇女』」という新しい呼称を送る新制度が急浮上したというもので、政府は来年から検討に入るという。想定される対象は愛子内親王殿下、眞子さま、佳子内親王殿下、黒田清子さんだった。眞子さまが結婚されると『皇女第1号』となることを意識して検討されている新制度だった。これに驚かれたのは、天皇、皇后両陛下だった。愛子さまにも関わってくる重要な制度だが、菅政権は両陛下のご意向は確認していなかった。宮内庁次長は、定例会見で記者から『皇女』について質問されると、憮然とした表情で『宮内庁は聞いていない』と答えた」。
11月8日の「立皇嗣の礼」の後、16日後のリーク報道である。おそらく官邸による〃リーク〃だろう。読売記事の見出しには「女性宮家見送り」がわき見出しより一段と小さく書かれている。本当の主見出しはこれではないのか。読売新聞はそのポイントとして①結婚後の皇族女子を「皇女」とし、皇室活動の担い手を確保②身分は特別職の国家公務員とし、手当を支給③皇室典範の規定を維持したまま、特例法の制定を検討④皇族女子が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」の創設は見送りの予定ーと書いている。
2017年に成立した「天皇退位特例法」の付帯決議では「政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方のご年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方のご事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること」となっていた。コロナ禍にあったとしても、それからもうかなりの時が過ぎた。
「皇女」では、国会の付帯決議にある「女性宮家の創設等について」が全く無視されている。「女性宮家創設は女系天皇容認につながる」との保守派の主張に結果として沿った内容である。「皇女」は、「女系・女性天皇」や「女性宮家創設」とも全く異なり、保守派の「旧皇族復帰」の主張でもない。「国論を二分する」ということで、間を取ったように外見上見えるが、「皇位継承権者がいなくなる」という大問題には全くこたえていない。
これはやはり、問題の先送りというか、本格的な皇位継承論議のすり替えであり、「皇女」では何らの問題解決にもならなことはいうまでもない。この問題も杉田官房副長官の担当であり、杉田氏によって送り込まれたともいわれる元警視総監の西村泰彦宮内庁長官がこのことを知らないはずはない。次長は総務省出身だ。皇位継承や皇室の在り方は憲法で第1条から第8条まで定められているとおり警察官僚が勝手に決めていい問題ではない。官邸が有識者から穏密裏に、かなり事情や意見を聴いているとの報道があったことは事実だが、公表してきちんと議論すべきだろう。おそらく、小泉純一郎政権下で皇位継承問題を扱う「皇室典範に関する有識者会議」が女系天皇容認につながったとの保守派から批判を招いたことが政権のトラウマになっている可能性がある。この問題はそもそも、こそこそやる問題ではない。国会やメディアで徹底的に議論が必要な国のかたちに関係する最重要な国民的課題である。
四つの問題について、共通するキーワードは政権による問題の「すり替え」であり、実権を持ってその運用に当たっているのは、「警備公安」出身の警察官僚であることがおわかりいただけたと思う。政権によるこのような手法は健全な民主主義と相容れるものではない。