「コロナ特措法、感染症法改正案成立」国民への「協力要請」から「命令」へ 罰則は残されたまま、現行宣言より強力な事前の防止措置も導入 修正協議で妥協した立民の責任重大

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 新型コロナウイルス対応のコロナ特別措置法と感染症法の罰則を含めた改正案が1日、自民、立憲民主、公明、日本維新の会の4党の賛成で衆院を通過した。共産、国民民主両党は採決で反対した。法案は参院での審議を経て3日にも成立する見通しだ。

英独韓台などでは私権制限

 ドイツや英国などの欧州や韓国、台湾などのアジア諸国では、すでにコロナ禍に対して罰則を含む私権制限が行われている。ただ、コロナ禍に際して昨年3月、メルケル首相の国民の心を打つテレビ演説が世界的に評判となったドイツでも、全土で1月末までロックダウン(都市封鎖)が延長された。ドイツ在住の作家、川口マーン恵美氏によると、「大勢の警官がパトロールし、マスクをしていない人から罰金を徴収するところまでエスカレートしている。政府の防疫政策に抗議するために夏ごろから繰り返されてきたデモもいまでは禁止。また個人宅で、誰が何人集まれるかを政府が決めていることに対しても、独裁政権のようだとの声が高まっている」(メディア展望2月号「ドイツ定点観測」)という。独裁者ヒットラーを出したという徹底した反省から人権を重視する民主主義の模範国といわれるドイツですら、コロナ禍ではこのようなありさまである。

 コロナ禍にあって、私権を制限することは、やむを得ない面もあることを否定しないが、どのような形であれ、私権制限に罰則を加えることは、憲法で保障された基本的人権を侵害し、人間を萎縮させるものだ。だからこそ、その要件は厳しい明確性が求められるということをまず、確認しておきたい。

評価されてよい「日本モデル」

 日本では、このところのメディアの世論調査では、感染の急拡大もあって罰則を必要とする意見が多数を占める傾向にあることは確かだ。まだまだ罰則には慎重な意見も多い。しかし、日本がこれまで罰則もなしに政府による国民への「協力要請」や、これを受けた国民の「自粛」という形で感染被害を欧米に比べて低いレベルで抑えてきたことはもっと評価されてもよい。欧米には「日本モデル」として評価する声もあり、このことは「政権の後手後手対応」の問題は別にして、民主国家にとって誇るべきことであると私は考えている。

 「日本モデル」が今回の法改正で「有効性」の名のもとに国民への罰則付きの「命令」に変わる。確かに、自民と立民の修正協議で、懲役刑などの「刑事罰」は政府案から削除され、「過料」という形の「行政罰」に引き下げられた。立民の枝野幸男代表は1月31日のオンライン党大会でのあいさつで、立民の求めで政府案から刑事罰の削除などを実現させたことを「大きな成果」と強調した。しかし、前科とならない「過料」という形であれ、罰則は残ったままである。しかも、緊急事態宣言の前段階に出される「まん延等防止重点措置」(これを楊井人文弁護士は「ミニ緊急事態宣言」と呼ぶ)という現在の緊急事態宣言よりも強力な新しい防止措置が導入される。自民と立民の修正協議はたった3日間で計6時間。衆院でもわずか2日間の審議で採決に至ったが、このような私権制限に関わる重要法案審議にしては「急ぎすぎ」で「審議不十分」ではないのか。

はじめから「罰則ありき」

 新聞報道によると、もともと菅義偉首相は法改正にはそれほどの熱意はなかったという。法改正をすると、いまや最大の菅印の「Go toキャンペーン」や五輪開催にとって、日本が法改正をしなければならないほど深刻な事態になっていることを内外に知らしめてしまうからだろう。首相や与党は、当初は「法改正はコロナ禍が収束してから」と言っていた。それが昨年秋ごろからの感染者数の急拡大や国民やメディアからの「後手後手」との批判を浴び、全国知事会からも罰則明記を求める声が出始めたため、菅首相は12月25日、「飲食店の時間短縮について給付金を罰則とセットでより実効的な措置をとれるように改正を検討する」と表明した。

 要するに、菅首相にとって法改正は、国民やメディアの「後手後手批判」をかわすための「弁解策」にすぎなかったのではなかったか。だから、官邸内からは「罰則規定さえ設けられれば、量刑にはこだわらない」(官邸幹部)=28日付毎日新聞朝刊=との声も出る。立憲の強い要請により刑事罰を削除したことで、立憲案を自民が丸のみしたように見えるが、それは外見だけで、やはり政権は官邸幹部の言う通り、はじめから「罰則ありき」だったといえる。これでは、自民としては、「罰則は過料で済ます」ことを当初から修正協議の落とし所としていた疑いは濃厚だ。「罰則は過料」での立憲との手打ちは織り込み済みの対応だったと考える方が分かりやすい。むしろ、自民は譲るものは譲ったと大きく構えたとみせかけて、「政権担当能力」をアピールした。立憲はまんまと自民の策略に乗ってしまったといえるだろう。

 国民の安全や安心よりも、残念ながら、自民、立民双方とも「党利党略」に走ったといわれても仕方がない。枝野代表の「大きな成果」との認識は、10月までには必ずある総選挙を控え、国民に「政権担当能力」があることを示したかったのかもしれない。また、立民に対しては「スキャンダル追及など政権批判ばかりで自民党に対抗する旗印がない」との批判もあることも事実だ。菅内閣の支持率の著しい低下にもかかわらず、立民への支持も大幅には上っていない。しかし、立民のその判断は、逆に人権重視など他党との比較論で何となく無党派的に票を入れてきた多くの人たちが逃げていく危険性も内包している。他の野党の意見を反映させない、たった3日間の2党だけの修正協議に応じた立民の責任は重大である。

 繰り返し言うが、そもそも緊急事態宣言下のまっただ中で、罰則を含む法改正をすること自体がおかしい。大きな私権制限を伴う法改正は平時に行うのが原則である。事業者への補償や支援を法律に盛り込むことは急ぐべきだが、罰則や「重点措置」などの議論こそ2党の修正協議ではなく、透明性を持った形でじっくり時間をかけて行うべきだったのではないのか。

何のための法改正だったのか

 法改正の内容はまだまだ問題点のてんこ盛りだといえるのではないか。刑事罰を見送り、過料で合意した1月28日の自民と立民の修正合意は、「感染症法」は①入院を拒否した場合は「懲役1年以下か100万円以下の罰金」を「50万円以下の過料」②積極的疫学調査(クラスター対策)を拒んだ場合は、「50万円以下の罰金」を「30万円以下の過料」。また、「特措法」は、飲食店が時短などの命令に違反すると「(緊急宣言時)は30万円以下の過料、(まん延防止等重点措置時)20万円以下の過料」とした。この修正合意が1日に衆院を通過した改正案に盛り込まれた。

 特措法改正の飲食業など事業者の支援については、1日の付帯決議に「要請による経営への影響の度合い等を勘案し必要な支援となるよう努める」との文言が盛り込まれた。これには、共産と維新が反対した。付帯決議には法的拘束力はなく、政府は野党が強く求める事業規模を踏まえた給付には否定的だ。この点は、宣言により時短や休業を余儀なくされる事業者にとって、生きるか死ぬかの決定的に重要な問題で、その目安は決めておくべきだったのではないのか。そもそも、立民などが法改正を主張する主な目的は、事業者への十分な補償・支援ではなかったのか。罰則だけが、先行し、肝心な事業者への補償の問題では、支援策は明確化されなかった。これでは、何のための法改正だったのか。

重点措置では「恣意的運用の懸念」

 緊急事態宣言の前から事業者に対する時短命令を可能にする「まん延等防止重点措置」についても、衆院内閣委員会で西村康稔経済再生担当相が、重点措置を実施しても、都道府県知事が、事業者に対する休業や、全面的な外出自粛などの厳しい私権制限はできないと説明して、宣言とは異なることを強調した。その実施要件について、①感染状況が4段階のうち2番目に深刻な「ステージ3」(感染急増段階)の適用を想定している②急速に感染拡大して都道府県内に感染が広がる場合には、「ステージ2」(感染漸増段階)でも該当する場合があると、説明した。重点措置時では、事業者が時短命令に違反した場合には「20万円以下の過料」との罰則を科せられる。

「国会報告義務の明記を」との重要な指摘

 これは、現行の緊急事態宣言よりも強力な内容になっていることに注目したい。菅首相は国会審議で「まん延防止」については「恣意的な運用がなされないよう専門家からの意見を聞いて実施の判断をする」と述べている。これまで、時短要請に事業者が応じなかった例をみると、政府による不十分な支援策が原因である。そもそも、「重点措置」がなぜ必要かの政府による明確な説明もない。この措置には回数制限もなく、政府が恣意的に運用する懸念も大きい。このようなあいまいな規定は、拡大解釈が可能であり、特措法改正に本当に必要なのか疑問である。

 また、国民民主党の山尾志桜里議員の「まん延等重点措置を指定する際には、その歯止めとして法文に国会報告(の義務)を書くべきだ」との指摘は非常に需要である。(朝日新聞2月2日付朝刊)

 菅首相はコロナ対応では、答弁が苦しくなると、すぐに「専門家」を持ち出すくせがある。例えば、昨年12月11日、ネット番組に出演した際に、Go Toキャンペーンについての判断を問われて「移動では感染しないとの(専門家の)提言をいただいている」と答えた。ところが政府のコロナ対策分科会の尾身茂会長は「そのような提言はしていない」とネットメディアのバズフィードの取材に答えている。だから、首相の「専門家」答弁はあまり信用できない。

生煮えの法改正

 感染症法改正では、当初、入院拒否に懲役刑、疫学調査拒否に罰金刑を科した改正案だった。これを入院拒否に50万円以下、調査拒否に30万円以下の過料という形で「刑事罰」は削除された。ただ、これも大きな問題が残る。1月19日の『ウオッチドッグ21「いくら何でも刑事罰適用は乱暴だ」』で私はこう書いた。

 厚労省は1月15日、「入院を拒否したり、入院中に逃げ出したりした例が多く報告されている」と罰則の必要性を強調した(16日付朝日新聞)。しかし、感染拡大防止に必要だという根拠である「立法事実」について、13日の記者会見では、菅首相は具体的な理由を示せなかった。また、厚労省も感染症法改正案を専門部会に提示する際に「根拠を網羅的に把握するのは難しい」としている。具体的な根拠に乏しいのに、なぜこのような懲役刑を含めた「強権策」を打ち出すのか。18日の自民党の部会でも「罰則を導入するならば、立法事実を具体的に示すべきだ」との声も上がったという(19日付朝日新聞朝刊)。当然の疑問である。

 この「当然な疑問」は今回、解消されたのか-。これまでに政府は、埼玉で感染者が病院を逃げ出した例を挙げたが、その後も具体的な例は示されていない。田村憲久厚労相は1日の国会の委員会で、患者が入院を拒否しても行政罰が適用されない例として、子育てや介護の必要性がある場合を挙げた。その上で、罰則の対象とならない「正当な理由」については、「法成立後に分かりやすい基準を示したい」(2月2日付東京新聞朝刊)と答弁した。この答弁には「罰則を伴う法改正なのに、法成立後に基準を示すとは」と思わずのけぞるような対応だ。この法改正が「立法事実」を示せないほどに生煮えだということだろう。そんなものをわずかな審議時間で成立させてしまう与党や協力した野党にあきれかえるよりも、恐ろしくなってきた。

政府は現場の生の声を聞いたのか

 感染症法改正では、入院や調査を拒否した人への罰則が残る。罰則があるために、検査を避ける人が出てきて、かえって患者の把握に手間取り、これで感染拡大のリスクが高まる可能性もある。それでなくとも、コロナとの最前線でたたかう保健所は感染拡大によって、人員的にも体力的にもパンク寸前だ。その上に、違法行為への告発義務が加わるわけだから、保健所の人々への負担増は計り知れない。政府は、現場の生の声を本当に聞いたのだろうか。残念ながら、それもまた疑問である。感染者数が少しづつ減り始めたが、緊急事態宣言は1カ月間、延長される。早ければ、今月中旬にも医療従事者へのワクチン投与も始まりそうだ。しかし、幸い感染がいったん収まったとしても、変異ウイルスによる感染の拡大や第4波が到来する可能性もある。改正される法の運用が適切かどうか。見極めて監視するのは、国会であり、メディアであり、何よりもわれわれ国民である。