文部科学省傘下の独立行政法人「国立青少年教育振興機構」が「高校生の科学への意識と学習に関する調査―日本・米国・中国・韓国の比較―」報告書を7月3日、公表した。中国青少年研究センターやソウルYMCAなどの協力も得て、日本、米国、中国、韓国の高校生を対象に学校を通してのウェブ調査法や集団質問紙法によって実施した調査結果が基になっている。筆者の目を引いた調査結果をかいつまんで記すと以下のようだ。
役立つ科目理数より「外国語」
日本の高校生は、「将来に役立つと思う科目」して、「数学」と回答した割合が39.9%で、韓国(33.6%)よりは多いものの中国64.4%、米国60.8%と比べると20ポイント以上低い。「物理」は14.0%で、4カ国中最低。特に中国58.1%との差が際立つ。「化学」15.4%、「生物」14.4%、「地学」8.6%も韓国より上だが、米中に比べるとすべて大きく下回る。特に中国(化学52.2%、生物42.4%、地学28.5%)との大きな差が目立つ。
「社会に出たら理科は必要なくなる」と答えた割合も45.9%と、これまた4カ国中、最大。こちらも中国15.8%との差が最も大きい。
一方、4カ国中、飛び抜けて日本が多かったのは「外国語」の75.8%。米国33.5%、韓国40.8%、中国52.9%を大きく上回る。興味深いのは「好きな科目」として「外国語」を挙げたのは25.9%にとどまり、ほかの3カ国と大きな違いはないことだ。
「11年前の調査に比べて、日本の高校生は社会での理科の実用性への認識がやや低くなっていることが示されている」「自発的に知識を広げようとする探究心は低く、『研究者』などの基礎科学分野の職業への意欲も低い傾向にある」。報告書には、調査に関わった研究者たちのこうした考察が示されているが、筆者の印象は以下のようだ。
数学や理科に力を入れるより、特に好きな科目ではないものの外国語をしっかり勉強していた方が将来、優遇されそう。就職でも長所とみなされそうだ。日本の高校生たちは日本社会特有かもしれない現実をしっかり見抜いているのではないか。
生成AI使用割合、日本は米中独と大きな差
この報告書が公表された5日後の7月8日には総務省の「情報通信に関する現状報告」(令和7年情報通信白書)が公表されている。今年の白書の特徴は、瞬く間に世界中の関心を引き付けた生成AIをはじめとするデジタル技術に関する特集を柱に据えていることだ。こちらには日本、米国、中国、ドイツ4カ国で実施したアンケート調査結果が示されている。
個人のAI利用状況を把握するため、4カ国の一般人に対して実施したアンケート調査の結果は次のようだ。何らかの生成AIサービスを「使っている(過去に使ったことがある)」と回答した日本国民の割合は26.7%。前年、2023年度の調査結果は9.1%だったことから利用経験は拡大しているものの、中国81.2%(前年度は56.3%)、米国68.8%(同46.3%)、ドイツ59.2%(同34.6%)に比べると引き続き大きな差があるだけでなく、拡大のスピードも劣る。
企業でも日本は米中独に見劣り
企業を対象に実施したアンケート調査結果でも、日本の見劣りは明らか。自分が所属する企業の生成AI活用方針について尋ねたところ、日本では「積極的に活用する方針」あるいは「活用する領域を限定して利用する方針」を定めている企業の比率は、49.7%。中国92.8%、米国84.8%、ドイツ76.4%との差が大きいのは、個人の生成AI利用経験について尋ねた調査結果と同様だ。
世の中を急激に変える可能性がある新しい動きに素早く対応できない日本の現実を示すデータや調査結果は、これまでにもいろいろある。筆者が最近、ウェブサイトで記事にしただけでも以下のようだ。
小中学生とも大きな課題
平日2時間以上、余暇活動としてデジタル機器を使用する15歳は経済協力開発機構(OECD)平均の60%を大きく下回る24%。写真、動画、音楽、コンピュータプログラムなど独自のデジタルコンテンツの作成や編集にデジタル機器を使用している15歳もOECD平均の69%に対し40%未満と、いずれもOECD諸国の中で最低の比率(OECD報告書「デジタル時代の子供たちの生活」(2025年5月15日公表)
近年、義務教育段階から重要とされているデータの活用能力向上について、小中学生とも大きな課題を抱えていることが全国の小学6年生、中学3年生を対象に実施した文部科学省国立教育政策研究所の「全国学力・学習状況調査」で明らかになった。小学生では、折れ線グラフから必要な数値を読み取り、条件に当てはまることを記述する能力。中学生では、複数の集団のデータの分布の傾向を比較して捉え、判断の理由を数学的な表現を用いて説明する能力。これらが不足している児童・生徒が多いことがうかがえる結果となっている(文部科学省国立教育政策研究所「令和6年度全国学力・学習状況調査結果」(2024年7月29日公表)。
能力ある博士課程進学者数が不十分
他の研究者から引用される数が上位10%と上位1%に入る特に注目度が高いとみなされる高被引用論文数(2020~2022年の平均)はそれぞれ世界13 位、12 位。いずれも中国(被引用数上位10%論文数1位、同上位1%論文数1位)、米国(同2位、2位)、ドイツ(同5位、4位)、韓国(同9位、10位)に劣る。大学院博士課程入学者数は、2003年度をピークに長期的に減少傾向が続く。2023年度に1万5000人と前年度に比べ4.4%増加したものの、ピーク時に比べるとわずかな増加にすぎない(文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2024」(2024年8月9日公表)
日本の第一線で活躍する研究者たちは「望ましい能力を持つ博士課程進学者の数は著しく不十分」とみていることが、科学技術・学術政策研究所の調査で明らかになった。2年前の調査結果よりよりさらに悪化している。理由として「進学者・進学率の減少傾向」、「日本人学生の博士進学率の低さ」、その要因として「博士号取得後のキャリアパスの見通しが立てにくい」を挙げる研究者たちが最も多いという結果も示されている=科学技術・学術政策研究所「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2023)」(2024年5月14日公表)
「分数ができない大学生」
こうした調査結果を示されると、詰まるところ、こうした日本の現況は教育、それも高等教育だけでなく初等・中等教育のありようにも起因するのでは、と思う人がいてもおかしくないだろう。しかし、これまで教育と科学技術力を深く結びつけて具体的政策が検討、実施されて効果が得られたようには見えない。科学技術力については文部科学省、経済産業省、厚生労働省さらに総務省などがそれぞれ所管する一方、教育は文部科学省が担当という縦割り構造が出来上がってしまっているのが大きな理由のようだ。さらに高等教育に絞っても私立大学に大きく依存している状況が高等教育政策の足かせになっているという実態も筆者はつい最近、現役文部科学官僚から聞いている。
「分数ができない大学生」(1999年発行、東洋経済新報社)を編著者の一人として発行したのをはじめ4半世紀前から、日本の教育の欠陥をさまざまな調査研究結果を基に指摘し続けている研究者がいる。日本では数少ない理系学部卒(東京大学農学部)の経済学者で、京都大学経済研究所の教授や所長のほか、日本経済学会会長、国際教育学会会長なども務めた西村和雄氏だ。「分数ができない大学生」は1998年に入学した文科系大学生(主として経済専攻の19大学、約5,000人)に対して実施した数学学力調査を基にした書だ。加減乗除(+-X÷)が混在した一つの式の答えを出させる小学生レベルの問題に対する正答率は大学によって差があり81~98%、この問題を含む小学生レベルの分数、整数、小数の加減乗除計算問題5問すべての正答者が59%にとどまる私立大学もあるといった結果などが紹介されている。
1979年に導入された共通一次試験導入以降の大学入試改革による国立大学離れ。小学校、中学校、高校で、1980、81、82年度にそれぞれ設けられた「ゆとり教育」。1990年代の学習指導要領改定による主要科目授業時間削減。こうした動きを挙げ、西村氏は「もともと入学試験科目の減少傾向、少数科目化で大学生の学力が低下してきていたということに加えて、ゆとり教育の影響が大学生の数学能力の低下という形で1990年代に顕著に出てきた」という見方をすでに15年以上前に指摘していた。
数理能力高いほど仕事に有利
西村氏の数多い調査研究の中の興味深い報告をもう一つ紹介したい。15年前、ベネッセコーポレーションによる2008年度の大学入試難易ランキングを用いて得られたサンプルから大学を偏差値50未満(低ランク)、50-59(中ランク)、60以上(高ランク)に分類し、まず文系学部出身者で、数学で受験したかそうでないかが社会人になってからの年収にどんな違いが生じているかを比較している。偏差値が低ランクの大学卒業生では変わりないが、中ランク、高ランクになるほど数学受験グループの年収が高くなるという結果が出ている。西村氏は「入試難易度が高い出身大学ほど、優良な企業などに就職する可能性が高く、数学学習で培われた数理的能力がより多くの選択肢の中からより有利な仕事を手に入れる機会をもたらし、着実な昇進、引いては所得に強く影響を与えるため」という解釈を示していた。
文系、理系による違いはどうか。最も高収入を得ているのは偏差値60以上(高ランク)大学の理系出身で、45~60歳ですべて年収1000万円を超す。次に高収入を得ているのは、高ランク大学の文系出身でかつ数学で大学受験した人たちとなっている。ただし60歳になると偏差値では下位大学(中ランク=偏差値50~59)の理系出身者に抜かれる。要するにトップ3のグループはすべて大学受験時に数学をとっているということだ。
冒頭に紹介した「将来に役立つと思う科目」として「外国語」を挙げた日本人高校生が75.8%に上るという国立青少年教育振興機構の調査結果と、15年前に西村氏が実施した調査結果をどう解釈すべきか、迷う人が多いかもしれない。
厳しい危機意識と踏み込んだ提案
いずれにしろ日本の教育劣化が引き続き進んでいることは間違いなさそうだ。日本の科学技術力をはじめとする国際競争力の低下と教育をきちんと結び付けて論じること自体があまりなかったと指摘したが、これに関しては明るい出来事もあるので最後に紹介したい。公益社団法人科学技術国際交流センターが6月29日刊行した「2025年版教育・科学技術イノベーションの現状と課題【世界と日本】―日本の凋落を止め再建目指す―」(ジアース教育新社)だ。
表やグラフだけで総ページ数286の4割を占め、それぞれ丁寧な解説がついているほか、厳しい危機意識と踏み込んだ提言が盛り込まれているのが特徴。「人口1000人当たりで比較した大学院博士課程進学者は、日本は0.12人でデータ入手可能なOECD諸国の中で最下位」「優れた研究者であることを示す論文高被引用研究者は世界で6900人とされているのに対し、このうち日本の機関に在籍する研究者は78人のみ」。大方の日本人は驚くのではと思われる科学技術に関する厳しい数字が次々に出てくる。
教員の勤務実態や資質に関する厳しい現状
教育に関しても同様だ。「初等中等教育の教員は、勤務時間がOECD参加国の平均値に比べ約5割多く、月100時間以上の超過勤務を強いられている。一方、給与はOECD平均より低く、ドイツより45%、韓国より20%低い」「欧米、中国、韓国の小中学校教員資格は大学卒業卒以上、中国、韓国は半数以上が修士以上で博士もいる。日本は短大卒以上で大学の所要単位を取ったうえで、市町村教育委員会の教員採用候補者試験に合格すれば資格が得られる」。初等中等教育の教員の勤務実態や資質に関するだけでも厳しい現状が明らかにされている。
さらに「教育の低投資が日本の凋落と再生への提言―調査結果をみて―」と題する最終章で、以下のような厳しい認識と提言を示している。
心もとない現実
「経済成長と生産性向上、技術革新は『教育と科学技術イノベーション』への投資と密接な相関関係にある。これまでの30年間、日本は教育と科学技術イノベーションへの極めて少ない投資が国内総生産(GDP)の低成長をもたらし、GDPの低成長が教育と科学技術イノベーションへの低投資をもたらすという負のスパイラルに陥っていると考えられる。日本の経済成長を期するには『教育と科学技術イノベーション』への投資を抜本的に増やし、グローバル最先端社会に対応できる最優秀人材を育成して、生産性の向上を図るしかない。高度な人材の育成には、幼児教育、初等中等教育から始まって、大学教育、大学院教育まで一貫して充実した教育が必要であり、これまで指摘した極めて多くの根深い問題を解消する必要がある。このため中国や韓国のように、日本も政治が強力な指導力を発揮し、不退転の決意で教育と科学技術イノベーション財源確保について、立法すべきである」
政治家が日本の教育の実情に危機意識を深め、こうした提言に適切に対応できるか。はなはだ心もとない、というのが現実ではないだろうか。
(了)