早ければ、8月末か9月上旬にも出ると報道されている「戦後80年石破メッセージ」。本来ならば、50年村山、60年小泉、70年安倍と10年の節目ごとに続いてきた閣議決定を経ての「戦後首相談話」が80年に出るのは当然の流れだった。
「戦後80年 8・15に想う」焼け野原から見た真っ赤な富士山 ソ連の対日参戦が決まったのにスターリンの署名伏したポツダム宣言のなぜ
80年前の1945年8月15日。疎開先の父の出身地、秩父市近くの町で日本の敗戦を迎えた。国民学校4年生、満10歳だった。日本降伏を知らせるラジオの「玉音放送」は雑音交じりでよくわからなった。だが、自然に集まってきた近所のおじさん、おばさんたちの話から戦争が終わったことを知った。涙を流すとか、悲しんでいる人がいた記憶はない。米国が恐ろしい新型爆弾を使ったという話が出ていたように思うのだが、何かほっとしたという雰囲気だった。
<戦後80年の首相談話>石破首相は歴史の教訓の語り部になれ 平和国家としての決意を新たに示し前進を 国際社会大きく揺らぐ中、重要な意味 アジア外交の関係拡大に
論語に「三十にして立つ。 四十にして惑わず。 五十にして天命を知る」とある。10年ごとの節目に、来し方行く末を顧みることの大事さを言ったものだ。国にとっても大事な戦後の節目に、歴史の教訓を思い起こし、平和国家として決意を新たに内外に示して、前進すことが欠かせない。
コラム「番犬録」第1回 老犬はほえる 「何か書かずにいられない」 参院選を挟んだこの1カ月の出来事-排外主義打ち出した参政党の躍進 石破首相の戦後80年談話問題 大河原化工機冤罪で警視庁報告書 闘う二人の妻 青木理氏のテレビ出演復帰 そしてファシズム性強めるトランプ大統領
このところ、年を取ったせいか目も弱り、体力的に長めの文章を書くのがつらくなってきた。このため、今年4月の「フジテレビ問題の第三者委員会報告書」の記事以来、約4カ月間、「ウオッチドッグ」に記事を出せなかった。そこで長めの記事の代わりにフェイスブックに投稿した時事問題を中心にした短いコラム的な記事を書き、まとめたらどうだろうと考えた。その名も権力監視の「ウオッチドッグ」にちなんで「番犬録」とした。
<戦後80年連載企画>「核廃絶への道を探る」第2回 原爆開発競争は人類破滅への道 「パンドラの箱」を開けようとしているのでは 科学者の「封印・国際管理」とルーズベルト後継政権の対日無警告・投下が対立
「ヒトラーが先に原爆を手にしたら」。科学者たちのこの恐怖感が米国の原爆開発成功のバネになった。しかし、未知の新兵器の魔性がはっきりと浮かび上がってくると、彼らは新たな恐怖感におののいた。