このところ、年を取ったせいか目も弱り、体力的に長めの文章を書くのがつらくなってきた。このため、今年4月の「フジテレビ問題の第三者委員会報告書」の記事以来、約4カ月間、「ウオッチドッグ」に記事を出せなかった。そこで長めの記事の代わりにフェイスブックに投稿した時事問題を中心にした短いコラム的な記事を書き、まとめたらどうだろうと考えた。その名も権力監視の「ウオッチドッグ」にちなんで「番犬録」とした。
<戦後80年連載企画>「核廃絶への道を探る」第2回 原爆開発競争は人類破滅への道 「パンドラの箱」を開けようとしているのでは 科学者の「封印・国際管理」とルーズベルト後継政権の対日無警告・投下が対立
「ヒトラーが先に原爆を手にしたら」。科学者たちのこの恐怖感が米国の原爆開発成功のバネになった。しかし、未知の新兵器の魔性がはっきりと浮かび上がってくると、彼らは新たな恐怖感におののいた。
<戦後80年連載企画>「核廃絶への道を探る」第1回 「原爆投下から80年」 「原爆投下は政権一部の暴走」 、「100万の命救った」は言い訳 米世論の分断、今も日米関係に影
「ヒロシマ」と「ナガサキ」に原爆が投下されてから80年。半世紀に及ぶ恐怖の冷戦を何とか通過してまだ40年にもならないのに、平然と核の威嚇を振りかざしたり、核兵器保有を主張したりする国家指導者や政治家、ジャーナリストか横行するようになったことに危機感を抱く。70年近くなったジャーナリズムの世界でほぼ50年、核問題に関心を持ってきた者として、核廃絶のため少しでも役に立つことはできないかと考えている。身にあまる大きな課題かもしれないが、本稿は「核廃絶への道を探る」の1回目。
<戦後80年>「戦争責任」に突き動かされ サラリーマン課長から政界と労働界へ 成田知己社会党委員長と太田薫総評議長
80回目の終戦記念日を迎える8月15日。戦後の日本の政治と労働運動で大きな役割を担ったのが、社会党委員長の成田知己と総評議長の太田薫だった。二人は、それぞれ大手民間企業のサラリーマン課長からの転出組だった。終戦直後の混乱期とはいえ、サラリーマンからこの世界に飛び込むよう突き動かしたものは何だったのか。古い取材メモをたどると、成田、太田両氏に相通じるものは「戦争責任」だったように思われる。
<日米中韓の高校生の科学への意識と学習調査>日本の教育劣化続く 理数科目に対する関心低下 四半世紀前からの警鐘も効果なく 見劣る若者のデジタル機器、データ活用能力 目立つ中国との大きな差 教育、科学技術投資増やす立法提言
文部科学省傘下の独立行政法人「国立青少年教育振興機構」が「高校生の科学への意識と学習に関する調査―日本・米国・中国・韓国の比較―」報告書を7月3日、公表した。中国青少年研究センターやソウルYMCAなどの協力も得て、日本、米国、中国、韓国の高校生を対象に学校を通してのウェブ調査法や集団質問紙法によって実施した調査結果が基になっている。筆者の目を引いた調査結果をかいつまんで記すと以下のようだ。